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映画鑑賞『プーと大人になった僕』(改)

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「くまのプーさん」の世界観を知らないわたしではありますが、予告編を目にしたときから何か胸に熱くなるものを感じ、絶対に観に行きたかった映画であります。まさか旦那が快く一緒に観に来てくれると思わなかったので、すごくうれしかったです。 いろいろと如何ともしがたい現実を体験して、いくつか歳を重ねた大人だからこそ、胸に響くファンタジーに映るのかなぁという感覚です。客観視したら、ぬいぐるみの一挙一動に笑ったり怒ったり…なんか痛い大人のように見えなくもない…ですよね。でも、不思議と違和感がなかったんです。 というのも、思い起こせば子供のころ、わたしは人形を持っていなかったので、百人一首の札を使っておとぎ話の世界を作り、お人形遊びもどきをしていました。実物の小野小町がどういう人物か知らずに、誰かと一緒にさせたり、恋敵に紫式部をあてがったり。その世界に自分が入れたらいいなぁって思っていました。 だって、自分の作る世界だから、もちろん、自分ルールでSTORYも思うがままに描くことができますし、自分の立ち位置も都合よく決められるし。 さて、この映画の中での動物たちとクリストファー・ロビンの関係性がとても面白いです。 お友達どうしではあるけれど、無邪気な動物たちを見守ったり助言したり、少しだけお兄ちゃんの位置づけのクリストファー。 だからなのか、“ズオウ”や“ヒイタチ”にしても、プーさんの夢の中に存在する想像上の生き物であって実際に居るはずはないのだけれど、100エイカーの森に住むみんなは、クリストファーの発する一言一言を疑うことなく信じていて、彼がズオウをやっつけた!と言ったら、恐怖なんかあっという間に吹っ飛んじゃうわけで。 彼が大人になってからは動物たちに対してもお父さん目線で接してましたね。とくにプーさんには、仕事の苛立ちが募って頭ごなしに怒鳴ってしまったり。でも、見た目は変わってしまっても、動物たちにとってのクリストファーは昔と何ら変わりはありませんから、接し方も同じです。 ひとつだけ、気になっているとすれば、クリストファーが100エイカーの森に再び足を踏み入れた時。お庭のテーブルがなぜか、さようなら会をした時のまま、だったこと。ここは時間軸がないのかしら? 動物たちが成長していないのにも関連があるのでしょうか。 個人的には、イーヨー(ロバ)がもう可愛くて仕方なくて。 ツボだったの...

映画鑑賞『検察側の罪人』と、母とデート

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ファンではありませんが、アーティストとしての『木村拓哉』は好きです。もはや彼は『きむらたくや』というブランドです。ほかに類を見なく、素晴らしい個性だとわたしは思っています。誰がなんと言おうと。 いろいろと確執があったそうですが、そういった下世話な話は深く知りません。耳にしていても興味はありません。ただ彼がどんな仕事をするか、どういう風に魅せてくれるか、だけが気になります。 唯一無二のブランドに、それこそ唯一無二といっていい天才をぶつけてきた、そのニュースにわたしは心踊りましたよ。だからまぁ、かなり、過剰気味に期待してはいましたけれども。 原作を知らないのですが、大筋のストーリーは良かったです。ただ、本当はもっと深くて複雑な個々の事情が絡み合っているのだろうけれども(あくまで想像)、なのに、展開が雑な感じがして、すべてが勿体ない仕上がりに… そう感じるのはわたしだけなんでしょうか、わたしが理解力ないだけなの? 加害者側も被害者側も、内情を暴こうとする側も、曖昧過ぎて、…そうだね、二宮くんみたいに「ぐあぁぁっ!」って叫びたかったですよ。 正義と正義のぶつかり合いがテーマなのだと、単純にそう思っていました。だけれどもどうやら違っていました。木村拓哉演じる最上は、初っ端から何やら裏の顔が見えちゃって軽く裏切られた感覚。まぁ勝手な感覚ですけどね。 で、冤罪を防ぐために行動を起こす沖野もまた、地に足ついてないというか、辞職する動機が弱く見える。本当は相応の覚悟があってのこと、最上と戦うために。だけれど、その肝心なシーンが割愛されちゃってて。コミカルなダイジェストシーンになっちゃってて。 そこに政治とか戦争とか絡んでて、よけいわからなくなってきちゃって、何人もの尊い命が失われたのに、遺恨と無念が残ったまま、モヤモヤ。 個人的には、もっと追い詰められる『木村拓哉』が見たかったですよ。ズバッと、鋭く切り込む二宮くんが見たかったですよ、それも単なるわたしの勝手な感覚ですけども。 役者さんたちの演技、またカメラワークというか映像は要所要所で印象が残りました。そんなわけで、私的な評価は5段階のうちの2点で。偉そうですいません。 気を取り直して。 お昼は、以前にも記事にしたことのある、阪急百貨店レストラン街にある洋食店でランチをしてきました。 今回はチーズハンバーグ。アツアツとろとろでした。...

動画鑑賞『傷だらけの悪魔』

原作はComicoというWEB漫画に掲載されている、足立梨花ちゃんが主演の映画です。テーマはイジメと、最初は主人公からクラスメイトへのリベンジかなと思ったのですが、単にやり返すのではなくその場に存在するすべての人たち(演者も鑑賞者も含めて)に、イジメに対する“問題提起”をすることじゃないかと思いました。 だから、ラストで主人公が放ったセリフの後にタイトルコールが出るんですけど、ここからが始まりって意味に捉えられる気がします。 映画のタイトルにある悪魔って、主人公やかつて被害者だった詩乃ちゃんだけを示しているのではないのでしょうね。 主人公は強いです。 もともと自分自身をしっかり持っていて、人間関係においても程々の距離を保つ生き方をしてきた彼女だから、本当に辛い思いをして時には悔し涙を流しながらも、孤独に耐えてメゲずに戦えたのかなぁ。 (もちろん、お母さんや中学時代の親友たちの存在も大きかったでしょうけれど) やられっぱなしではなく、ちょくちょく抗っていたり、真っ直ぐに相手を見据える姿勢がとても印象的でした。 あと、こういうテーマにはそれぞれの家庭環境も重点的に描かれたりするもの、という認識があったのですが、詩乃ちゃんのお母さんとの関係がチラリと出る以外は、まったくもって見えてこなかったのも印象的でした。 最後、ちょっと不完全燃焼感が否めなかったのですけれどね。でも、なんだか一筋の光がスーッと差し込んできたかのような感覚になりました。 原作をチラッと読んでみましたが、漫画の方ではかなり複雑なSTORYのようですね。これを1本の映画にするのは、2時間では足りないでしょう。いつか、ドラマ化するのかしら。色々と難しいかもしれないけれど。 わたしは好きな映画です。

映画鑑賞『バリー・シール~アメリカをはめた男』

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トム・クルーズが好きです。 (とはいえホラーやお化け・ゾンビ映画が苦手なので、『ザ・マミー』は観ていません) 今回は、映画の予告編で目にした“衝撃の実話”というフレーズとスリリングな飛行アクションシーンに興味が湧きまして、公開前から楽しみにしていました。そして、先日TOHOシネマズへ行ってきました。 率直な感想をいえば、なんだか胸の中に蟠りが残って取れないなぁ、という感覚です。彼がどこまで自分が担ったウラの仕事に対しての重責を感じているかは解らないですが、調べてみるとCIAにスカウトされる前からちょこちょこ何かしらワルをされているようですので、初めは刺激とお金を求めていただけで、そこからどんどんスケールがでかくなってしまった…ということでしょうか。 それと、お互いに利害関係が一致しなかったら不要で、それは死を意味するかもしれないというリスクに対して、バリーは初めから解っていたんでしょうか、それともあんまり深く考えてなかったんでしょうか。何度かしょっ引かれてるんだから良いことではないのは明らかなんですけども。 ただ、ワクワクした瞬間も確かにあって。 重量制限ギリギリのブツを積んで、絶対に無理だろうという距離の滑走路を駆け抜けて飛び立った瞬間とか。運んでくれと依頼しているくせに飛行成功か否かで賭けをしている(シュールですね)依頼人を尻目に、見事に飛ばせてみせたバリーの腕前ったら。パイロットとしての資質は当時本当に群を抜いていたのでしょうね! 最終的には、アメリカをハメたというよりは、大きな陰謀の渦の中に巻き込まれたただの駒のような扱いで始末されてしまったんですが、華やいでいた期間は彼の人生のうち四分の一も満たなかったんじゃないかと思うと、遣り切れない気持ちです。 国家を手玉にとって、ハッピーエンドな話、という軽い気持ちでいた自分を恥じました。実話であるなら、観る前にある程度の情報を頭に入れるべきでしたね。世界に蔓延る深~い闇のなかのほんの一部を垣間見た、なんとも言えない後味を噛みしめながら帰路につきました。

映画鑑賞『君の膵臓をたべたい』

いつからか、わたしの中で「死にたい」という願望はなくなっていました。 大きなきっかけとなったのは、2011年3月11日。あと、それより少し前に、ある親族の死を知った時。そして、その後彼と一緒に生きることを強く願った時です。 いつ、何が起きるかわからない――という感覚と、いつ、終わっても構わないというものは似ているようで全く別物で、わたしは常々後者の考え方でした。 人生や時間を大切にしているか否か。わたしは無駄にしていた。朝が来て、夜が来て、また朝が来て… この繰り返しの流れに沿って、生きていただけでした。 前置きが長くなりましたが、今回この映画を観終わった瞬間に、やはり上記のことが頭を過りました。そして、胸を打たれたのはもちろん表題もですが、 「わたしたちはみな自分で選んでここに来たの。偶然じゃない。運命なんかでもない」 という桜良のセリフです。 後悔って、ある意味自分を守るための手段かもしれませんね。わたしには物語の中の少女のように、病気を受け入れて、限りある時間を精一杯生きる、まっすぐな心は持ち合わせていませんが、せめて今置かれている状況を何かのせいにすることだけはしないようにしたいな、と、改めて思いました。 原作も一度読んでみたいなと思っていますが、重くなりがちな”死”が絡んだ物語が、ドロドロしてなくて美しく、それでもこんなにも深く胸に突き刺さる素敵な作品に創り上げた制作サイド、俳優さんたちに、敬意を表したいです。 ※浜野美波ちゃんの声もとても印象的でしたし、北村匠海くんの表情の変化も見どころです。

dTV鑑賞:女優『安藤サクラ』と『かぞくのくに』

先々週、体調を崩して休んでいた折、少し楽になってきたところで、動画鑑賞をしていました。『ゆとりですがなにか』の安藤サクラさんの演技に魅了されて、『100円の恋』、そして『かぞくのくに』を鑑賞。いくつか賞を受賞しているだけあって、存在感が半端なかったです。わたしの中の好きな女優さんダントツ1位になりました(しょぼい人間のランキングなんで影響力ゼロですけど)。 彼女のすごさは役になりきるというより、もうその役そのものの人格・魂になってしまうところ、じゃないかなぁと。『100円の恋』では、ぶよぶよの体がボクシングでトレーニングを重ねるごとに引き締まっていって、オープニングとエンディングでは同一人物とは思えない変貌をとげています。 プロテストや試合での気迫に鳥肌が立ちました。…まぁ、試合相手も凄かったですけどね。強すぎて引きました。殺人マシーンかと思った。演技とはいえ、サクラちゃん、よく逃げずに戦えたなぁと称賛しました。 「勝ちたかった」と泣きじゃくる姿は、女の子でしたけどネ。 色気もあり、時折魅せる女性らしい仕草、見るからにふてぶてしい態度、男顔負けの精悍で凛々しい言動など、自然にそれが画面に映し出される彼女の存在感に、これからも目が離せません。 さて、『かぞくのくに』に関しましては。 重たいテーマなので、どう書こうか… 結構難しいです。1回観ただけでは理解しにくいところもあったので、2回観ました。 過去の話ではなく、現在進行形なんですよね。全体的に多くを語らない内容なのですが(役者のセリフもそれほど多くない)、“語らない”部分に色んな思いが詰まっているとそう感じました。 ソンホの両親や叔父、旧友たちも感情を抑え気味な中、唯一、サクラちゃんの役・リエはストレートに表します。そして、一度だけ、ソンホ本人も声を荒げるシーンが。 それでも、世間の日常に溶け込んで、この家族の叫びは… 周囲には届かないのでしょう。それはこのテーマのみならず、どんな状況にあっても同じなんですけども(家族の事情は周囲にはわからない)。 終始、ソンホ役の井浦新さんの表情が絶妙で、印象に残りました。

映画鑑賞『忍びの国』

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なんというか、とても判断が難しい映画でした。もちろん例のごとく原作を知らないため、前情報があれば感覚もまた変わってくるのでしょうけれど。 どこかクスリと笑ってしまうコミカルな部分もありますが、内容はヘビーなんですよね…。 多少、ネタバレに触れるところもあるので、まだご覧になられていない方は、記事を読まない方向でお願いします。

dTV動画鑑賞『オオカミ少女と黒王子』

原作ファンとしては、何とも言えない感情が沸き起こっています。 ヒロインが見栄を張って学校一のイケメン君に彼氏のフリを頼むこと、イケメン君は実は二面性を持っていて、その黒さでヒロインを振り回しちゃうとこ、そこの軸以外はシナリオがガラリと変えられていたからです。 キャストについても、ヒロインに関してはモノ申したい点があるのも否めませんが、そこは触れないでおきます。 原作が10巻以上あり、映画において2時間弱の尺を考えると、多少の変更や簡略化は致し方ないとは思います。…思いますが、黒王子はもっと屈折している部分があって、そこがより魅力的だし、エリカはもっと女の子らしくてポジティヴ志向なキャラなんですよね。だからこそ、オオカミ少女をやめる宣言が引き立つんであって。あ、あと、この漫画でわたし自身が好きなポイントである、コメディ要素が一切ない! 真実を知ったエリカの友人たちの反応も、原作と真逆だったからすごく切なかったし。 なんでこんな大幅に変えちゃったんですかねぇ… 原作の内容がとても濃ゆくて、まとめるの難しいからオリジナルにしちゃったのでしょうか。まぁ、原作を知らないまま観たとしたら、うまくまとまっているしハッピーエンドだし二階堂ふみちゃんの演技力に惹かれるし山崎君が超イケメンだしで違和感はなかっただろうと思います。 ディスってごめんなさい、でも、正直な気持ちです。

映画鑑賞『22年目の告白-私が殺人犯です-』

…そうか、もう22年になるのか…と、阪神大震災のことを脳裏に思い浮かべつつ、ただ22年前を思い起こすのにどうしてその映像を使用したのかが、冒頭から妙に引っ掛かってしまいました。 のちに、”彼女”を東京へ呼び寄せる意味合いも含んでいると知るのですが、別にそれが理由でなくてもいいのになぁ、と。 物語自体はとても面白く、キャスティングも抜群で、演じている役者さんたちの見事な演技に引き込まれ最後まで油断できません。過去と現在が交錯する映像と、不気味な音声も、リアリティとスリリングを表現するに充分な要素なのですが、その点はわたしにとっては苦手でした。 メディアの取り上げ方や傍観者である国民の反応、SNSだったりインタビューだったりとても効果的に引用されています。映画を観ているというよりは、自分も殺人犯だと名乗り出てきた曾根崎を第三者として観ている、そんな感覚になりました。 できればもう一回、今度はじっくり観てみたいなとは思うけれど、でも心が受け付けない…それだけ衝撃的なシーンが多かったからでしょうか? 実は、あの人が出てきた時点で怪しいなと勘づいてはいたのですが(存在感からしてね)、それでもまさかな展開に、ちょっと唸りました。唸ったけれども、でもあまり納得のいかない点があります(震災の件とは別に)。 ・殺害の動機に対しての説得力が薄い気がする ・どうして6人で終わったかの明確な理由が不明 わたしが見落としているか理解力が足りないだけかもしれませんけど…。 それにしても、藤原竜也くんは素晴らしい役者さんですね。重要なテレビ討論の場面でみせた、心情の変化は見事でした。ラスト、旅立ちのために歩き出す姿がとても危うくて、彼の中では何も解決してないんじゃないかな…と思わせる背中でしたね。 …あぁ、なんだか明るい映画が観たいかも。 (2017/6/18改変)  

映画鑑賞『ちょっと今から仕事やめてくる』

特に観たいと強く思ったわけではないけれど、なんだか気になっていた作品で、 TOH● シネマズのポイントもちょうど貯まったことだし、本日映画館へ出向きました。あんなに大きな口をあけて笑う福士君の顔、初めて見ました。印象的でした。 物語はシビアな内容で、ところどころヤマモトというキャラクターのおかげでほっこり笑顔になる場面もあるのですが、序盤はずっと胃がキリキリ痛むような流れです。もう、あと少しで境界を越えてしまいそうな危うい精神状態からチョットした切っ掛けで立ち直って前向きになり、そこから予期せぬ罠に襲われまたどん底へ… いびられている新人サラリーマン隆役の工藤さんはこの大変な役をうまく演じていらっしゃいました。 そして、序盤ですぐにヤマモトが亡き人物であることが表明されるのですが、 「実は幽霊でした♪ てへっ♪」 ていう夢オチに似た話で終わるのかと予想していたら、軽く裏切られました(いい意味で)。ちゃんとリアルでした。ただ、ヤマモト君は現実的か非現実的かのはざまでふわふわとした存在で終わるほうがよかったかなぁとも思います。だとしたら冒頭のシーンの伏線回収ができないけれど。 表題にある「ちょっと今から仕事やめてくる」のセリフが出るタイミングが、わたし的には絶妙だなと感心しておりますが、そこで終わらないところが良くも悪くもこの映画のポイントのような気がします。 ヤマモトと隆の出会いは偶然とはいえ、きっと必然であったということ。一方通行ではなく、双方向に救われてたんですね…。 ところで、俳優陣の演技は本当に素晴らしかった。とくに部長役・吉田さんの迫力。その場で働いてないけど震えあがりました。黒木さんも、徐々にブラックに染まって自身で追い詰められていく先輩役を好演してましたね。 …まぁ、でも、「ちょっとやめてくる」で、簡単にやめて次に行けるわけではない立場の人もたくさんいるんでしょうけれど、それでも今が行き詰ってどうしようもない状況ならば、思い切ってリセットしちゃうのも手かな、なんて。先のことは辞めてから考えりゃあいいんだよ。うん。 しかし、隆のご両親との会話を観ていて、わたしは心底うらやましいと思っちゃいましたけどね…。あんな風に受け止めてくれるような親だったらなぁ~ なんちゃってね。 というより、いまぐらいの歳になったら、親どうこうではないですけどね。自分で自分の生き方...

映画鑑賞『美女と野獣』

昨日、映画を観に行ってきました。『美女と野獣』実写版です。 『SING』を観に行ったとき映画館に貼られたポスターを見て、20年ほど前、専門学校での授業でアニメーションを観たこと、また、従姉からテープにダビングしてもらったサウンドトラックを聴いていたことを思い出し、ぜひとも観たい! と思っていました。 ほとんどうろ覚えなので比較することは難しいけれど、ただ相方とも話してて思ったのは、まず“野獣が獣じゃなくて普通にイケメン”いやむしろ、 人間に戻った時よりもイケメン (若干失礼)であること。 初めは癇癪おこしたり荒々しい態度をとったりで怖いイメージだったのですが、もしかするとベルじゃなくても惚れちゃうんじゃないかっていうくらい、気品さも醸し出しておりますよ(中身が王子だから当然っちゃあ当然だけど)。本来は、相手がベルだから彼の内面を知り、深く愛することができた、っていう部分が重要なポイントですよね、たぶん…。 次に、記憶違いだろうけど、ガストンはこんな極悪人だったか? と心底驚きました。終始その存在が不快でしかない。しかし、それは違和感なく演じきった役者さんのすごさでもあると言えますね。 また、魔女の力で人々から忘れ去られて、死んだように佇んでいた城自体(ほぼ廃墟でしたね)が、ベルが囚われてから徐々に呼吸しだしていく様子、いきいきと動き回る従者たちの姿が美しく愛らしくて、アニメ版より感情移入しやすかったです。だからよけいに、今度は徐々にその動きが骨董品に変わっていってしまって、最後には…という瞬間が、とてもとても悲しく切なくて。奇跡を願わずにはいられませんでした。作り物の話なのにね。 字幕版を観たため、どうしても視線は文字を追ってしまうから、一瞬一瞬を完璧に見逃すことなく鑑賞するのは難しかったのが残念な点ではありますが、二回目、吹き替え版を観にいってみようかなぁ。エマ・ワトソンさんの凛とした美しさにも惚れ惚れした、文句ない作品でした。 一番好きなのはやはり、ベルと野獣がダンスを踊るシーンです。指先から足の先まで、繊細で華麗な動き、ほんとロマンチックですなぁ。。。

映画鑑賞「SING」

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相方がサラリーマンになったので、今まで以上に自分の時間ができました。 なんだかちょっと寂しい気もしますが有意義に過ごせればいいなと思っています。 今日は、思い立って映画を観に行きました。SINGというアニメーション映画です。日本語吹き替え版も気になってはいたのですが、まずは本家?にしました。 歌の力って…理屈抜きですごいですね。 ストーリーは割とシンプルで、閑古鳥が鳴いている劇場を再建するために、オーナーであるコアラが「歌のコンテスト」の開催を計画し、実現するまでの紆余曲折を描いています。 映像も見事だし、なんといっても登場するキャラクターがとても愛らしい。それぞれの動物の特徴を生かしたようなエピソードや、歌のオーディションにまさかの蜘蛛やカタツムリも参戦するとは。イカのイルミネーションパフォーマンスも見どころですし、コンテストに出場する選りすぐりの歌い手さんたちの歌唱力に、圧巻、の一言です。 私的にはヤマアラシが一番好きかなぁ。 …だからね、見終わった後に、なんだか自分も歌いたくなって、駅周辺のカラオケボックスを探していってきました。 (なければそのまま帰る予定でしたが) 音痴だけどめいっぱい歌って気分すっきり、今度は桜を観に行こうかな。 ちらほら、開花しだしましたね^^

映画鑑賞『君の名は。』

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まるで、壮大なスケールのプロモーションビデオを観ているかのようでした。 これまでアニメ映画といえば、映像美であったり、キャラクター設定を重視しがちだったのですが、『君の名は。』は、まさに稀代のエンターテインメント総括作品としてわたしの脳裏に深く刻みこまれました。 衝撃、しかないです。 一番は、RADWIMPSとのコラボレーションが絶妙であったこと。もともと彼らの奏でる音、野田洋次郎くんが生み出す世界観が好きで、だけれども『君の名は。』の音楽を担当するという話を知ったときは、どちらか(映像か音楽か)の印象に偏ってしまうかもしくは相殺されちゃうか…っていう不安も感じていました。 まぁ、実際に観てみるとそんな不安どこへやらという感じで、最初の彗星が飛んでる映像で感動してその後の歌で胸が掴まれて…もうどっぷり浸かっちゃいましたけど。 細かくあげればキリがないのでそういうのは端折ります。物語において男と女が入れ替わるという設定は数多くあれど、この映画はちょっと仕掛けがありまして、それに気付いた瞬間が本当の“始まり”です。 わたしはその重大なシーンから最後まで、涙が溢れて仕方なくて。でもどうしようもない絶望から一転、“強い思い”が運命を動かすんです。 そして、なんだか野田君の歌声すらも物語を動かしてるかのような感覚に陥ります。 こんな奇跡が… 実際に起こせたらいいのに。現実は絶対に無理だけど(だからこそ命は尊いんですけどね)。 まだ観ていない人は是非観るべし。損はしません。

映画鑑賞『帰ってきたヒトラー』その1

正直言いますと、とても後味が悪かったです。コメディーっぽく描かれていますが笑って済ませていいのかわからないし。いや、すべてを解ったうえで笑い流せて、その存在を受け流せるのならまだいいのかな。 映画自体はとても良く出来ていて、ヒトラーをあまり知らない(わたしみたいな)人間でも一発で彼のカリスマ性や狡猾さを垣間見ることができます。そして、彼が独裁者になったのは、ただ彼自身がそういう性質だったから、という単純な話ではないことも解ります。 …うん、単純な話じゃないと気付いた時に背筋が凍る思いをしたのです。 まぁでも、「選んだのは民衆」というヒトラーの言葉には、最初はとても陳腐で言い訳にもならないと感じました。その通りかも知れませんが、自分の暴走の顛末を連帯責任にすんのはあまりにも無責任すぎて呆れません? あなたのせいでどれくらいの人の命が散っていったというの… といいつつわたしもそんな言葉を口走ってしまったなぁという件があったことに気づきましたわ、最近の某東京都知事のお戯れ事で(汗)。 そうなんですよね、人間ってどこかしら“無責任”な部分を持っているものです。実際に悪い影響が自分に降りかかりさえしないのなら、多少は目を瞑りますよという。政治にかぎらずそういうことが原因で起こる不幸もけっこうありますしね。 彼を一番最初に“発掘”したサヴァツキという男は、目を瞑れなかったんでしょうね。取り返しの付かないことをしてしまったのではないかと。それに気づく伏線は他にもあったのですが、まさかヒトラー本人とは思ってないし、誰もそれに言及しないから、犬を撃ち殺したり高圧的な言動を目の当たりにしても、まぁなんとかやり過ごしていたというか。何より彼の存在があってこそ愛する女性との恋が進展できて仕事も手にできたのだからという感謝の気持ちもあったのかもしれません。 そして彼を止める手立てはいくつかあったのに、みな目先の(自分の)利益優先で物事を見るから、ギリギリのラインででもクリアしていって気が付くと彼の独壇場になっていく… 一度彼は多くの民衆を動かしている経験があるので、民衆の性質をつかめば、どのように振る舞えば人が動くかも手に取るように解っているため、はじめサヴァツキが提案したドキュメンタリー映像を撮るための行脚と芸人としての振る舞いが皮肉にも功を奏してしまいました。 そして、あのラスト手前のど...

映画鑑賞『ヒメアノ~ル』

まず、『世界から猫が消えたなら』の上映開始前の映画予告編にて、狂気じみた森田剛くんを観てみたいという興味本位から、軽く原作を1~2巻ほど覗き見し、たまたま運悪く?常人ではなく生まれ育った“森田正一”というキャラクターがどのように描かれるのだろうか知りたくなったのが、切っ掛けです。 いやぁ… 衝撃的でした。多少はボカすのかと思っていたので、殺人シーンがリアルすぎて引きました。森田君の何ともいえない表情と不自然な言動がさらに不気味さを加速させてましたね。 原作の方では、殺すことによって快楽を得る殺人鬼として描かれていましたが、映画ではその面ともう1つ“やられる前にやる”というサバイバル要素が垣間見えました。ただ、無計画にコトを為している反面、誰でもいいってワケでもないアンバランスさ、マジで恐怖ですよね。もう、彼と出会う人出会う人みんな無事でいてくれ、って祈りながら… だって、どこでどうターゲットにされるか解らないもの。 殆どが衝動的で緻密さに欠けるために、どんどん追い詰められていく様子は、胸が締め付けられる思いでした。歯止めが効かない状況で、最後はどのように食い止めるか。漫画だと、目的(ユカを殺して犯すこと)に達するどころか見失って頓挫して途方に暮れてしまったところで捕まるワケですが、映画だとちょっと強引でしたね。 私的には、あのラストでも違和感はなかったのですが、凄惨なイジメ経験など色々な要素が絡んでおかしくなったんだという経緯と、原作の“物心ついたときからフツーじゃなかった、どうしようもなかった”事実という、似ているようで全然違う解釈になってしまうので、評は割れるんじゃないかなぁと思います。 その点は少しだけ回想シーンで触れていて、クラスみんなの前で自慰行為を強いられていたことを“覚えていなかった”、そのきっかけを作った岡田に対して恨んでなかったので、やはりイジメはきっかけの一部でしかなかったのかもしれません。 少し、自分のことを書きます。 わたしは、親からも何度か、そして前のダンナからしょっちゅう「死ね」という言葉を聞かされておりました。 この言葉、単に「アホ」「バカ」ど同様の意味で言ったとしても、けっして言ってはいけません。なかには洗脳されて素直に死んでしまう人もいます。わたしの場合も、それに近い状態か、逆に「オマエが死ね」と強い殺意を抱いてしまったこともありま...

映画鑑賞『世界から猫が消えたなら』

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仕事が終わって自分の時間があったので、久しぶりにTOHOシネマズに寄って佐藤健くんに会ってきました。 土曜日ということもあって、まぁまぁ混んでいたのですが、意外にも男性のお客さんが多かったことに驚きでした。 もしかしたら、キャスト以上に、原作者に影響力があるということなのかもしれません。なんとなく。 この本を手にした時、帯にある『映画化決定』の文字と、佐藤健くんの写真に惹かれた…のは紛れもない事実ですが、映画を期待する反面、あるちょっとした不安もよぎっていました。 解説のなかの一文にある原作者の言葉“あえて映像にならないものをこそ書いた”物語を、映画化するということに対する、漠然とした不安。うまく言い表せませんが、上映が開始して数分でその不安が的中したことで、“あえて映像にした”制作サイドの意図がよくわかりませんでした。 (単にビジネスかしら…) ファンタジー要素を入れるなら、何故、悪魔役はアロハ着てないのかとか、猫は終始みゃあみゃあ啼くだけにしたのはどうしてか… フーカフーカが少ないじゃんかとか。 いやもしかしたらファンタジー要素は極力なくして、人間愛に重点を絞った内容にしたのでしょうか。でもそれなら別に猫が消えようが消えまいが関係ないじゃないかと。 泣かせたいだけならば、川村さん原作でなくてもよいじゃないかと。 ただ、色々と削ぎ落とされたことで、 「何かを得るためには、何かを失わなくてはね」 という主人公の母親の言葉がとてもすんなりと頭に入り… 改めて、川村さんの世界観に脱帽した次第です。 この映画の中で注目すべきは、濱田岳さんの存在感です。 モノトーンのようにあまり色彩が感じられず、淡々と物語が進んでいく中で、唯一、能動的な存在というか。彼女よりも印象が強いです。そういう脚本と言うより濱田さんの演技力がそう思わせているのかもしれませんね。 この主人公のように、すべてを受け入れて最期の時を迎えることが出来るのは、とても幸せなことなのでしょう。現に、無念の死を遂げるひとも少なくないのですから。 去り際も、肝心ですね。。。なんか自然に色々と考えを巡らせてしまうお話です。 個人的に、映画を見た後に原作を読むといいかなぁと思います。なんとなく。

映画鑑賞『オデッセイ』

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開始から数分、アッと言う間に吹き飛ばされて仲間とはぐれ、結果ひとり火星に取り残され意識を取り戻し…諸々あってそのヘルメットを外すまで、主人公がマッド・デイモンさんだとは気付かなかったかなめです。 絶望感と焦燥感が積み重なった心臓に悪い展開ではないかという想像とは少しズレて、全体的に“ご都合主義”っぽい内容になっておりました。なんていうんだろう… いいとこどり? 主人公マークが前向きな男であることに関しては、問題ないと思いますが、NASAレベルではなく他国も巻き込んでのプロジェクトに発展しているわりには、関わっている人たちが二つ返事で物事を決定していったり、そんな簡単に部外者を信じていいの? とか、そこでどうして中国が? とか、コアな部分が見えてこなくて、もやもやしたものが残りました。 また、例えば退路の断たれた宇宙の果てにただ一人置き去りにされ、次の援助が来るのが数年後、そして仲間を助けるために今一度進路を逆戻りし、火星へ再び辿り着くのが数百日後… 想像しただけでも長い長い日数なのだけれど、宇宙飛行士たち誰一人として悲壮感がないように見受けられるのは、それだけ厳しい訓練を掻い潜ってきた猛者であるゆえんなのでしょうか…。 映像に関しては違和感がまったくありませんでした。でもそれは、わたし自身が宇宙やNASAがどういうところで、どんな規模のものを現実稼働しているか等未知の領域なので、スクリーンで目の当たりにした世界を信じるより他ないからとも言えます。 だからどこか夢見心地な部分もありました。あんな美味しそうなジャガイモが火星で作られるなんて! 宇宙空間にいるかのような、アニメを鑑賞しているかのような、ふわふわした感覚でしたけれども、船長とマークがガッチリと抱き合うシーンは泣けました。映画館でなければガッツポーズしてたかも。ROOKIESでのイッチーばりの「っしゃあっ!」って(古い)。 本当は最悪なパターンも予想していたのですが、やはりそうはならなかったですね。あまり深く追究せずに観るのが一番かなぁ。 そうそう、公式サイトで遊んでみました。 いや、誰もわたしがこの数カ月で太ったとかそんな事実知りませんし別に知りたくないでしょうけども。

DVD鑑賞『脳内ポイズンベリー』

恋愛がしたかったんだと思います。脳内で♪ ……いえ違います。 原作が水城せとなさんだということで、前から気になっていたんです。映画館で観る機会は無かったのですけど。 恋愛に後ろ向きなヒトなら余計に、誰しも脳内で色んな考えを巡らせると思います。が、それをとても劇的に表現されていて(まぁ映画なので劇、なんですけど)、頭の中で色んな感情と葛藤しているというよりは、真木さんが完全に操られてる感がありました。 とくに。 吉田羊さんのネガティヴパワー半端無いッスね。ものすごい女優さんです。4対1でも普通に強いんですよ。彼女がわたしの脳内に居たら、どの感情も勝てる気がしません。ずっと暗い子ですわw 話の内容については、なんとなく… 解らない気がしないでもないなぁ。主人公いち子さん、30代にしてはチョッとというかかなりイタイ女になってましたが、大きな傷が原因で恋愛に臆病になっていた女性が、突如恋に落ちてしまった… その相手のミステリアスさ、危うさにどんどん惹かれる感じ。 解らない気がしないでもないなぁ。(40歳のオバサンが言うなと) でもわたしなら、どうだろう。 越智さんに 「ちょっと待っていてください、今から告白しに行くので」 とか言われたら(言われないけどね)これだけでもう、グラッときますよ。いやそもそも年下はあんまり興味ないですし(だからそんな機会もない)。 最後はもう、主人公より、越智さんの幸せを願ってエンディングを迎えました。 わたしもこの歳になって、いかに自分がイタイ女なのかよく自覚しておりますが… そういうどうしようもない恋をしても…いや、そういう恋をしてこそじゃないかなぁとか、締まらない締めを語って終わりにします。

DVD鑑賞『トイレのピエタ』

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(この映画が作られる背景は別として、単純に映画作品として)すっごく、よかった。とても簡単な表現ですが。 先日、何年かぶりにTSUTAYAの会員になりました。この数年の間に、観たくても観れなかった(機会が作れなかった)映画があり、DVDを購入するのには躊躇っていましたので、これが一番いい方法かなぁと思い立ちまして。 会員になったらなったで、いざ何を観ようかと考えるとなかなか出てこないもんなんですよね… たくさんの種類、タイトル、それらのパッケージを眺めていると超絶に悩んじゃいました。 そして、その中から選んだのは、RADWIMPSのボーカル・野田洋次郎君が出演している映画『トイレのピエタ』。 以前、RADのライヴビューイングを観に行った時に、映画館のスタッフから手渡された袋の中に、トイレのピエタに関する1枚のパンフレットが入っていたんですよね。 一瞬で、観たいなぁと思ったのですが、その時はすでに上映期間が終わっており、DVD発売の案内だったわけです。確か。 もちろんDVD買うまでの思いは…なかったんですけど^^; 金欠だから。 …はっ、またいつもの悪い癖が。前置きが長いっつーの。 野田君の演技力は別としてね。なんかこう…胸にグサグサくるものがありました。表現が難しいのですが、突然の余命宣告をされた青年の、最後の数か月をありのままに映し出してる感じです。ドキュメンタリー的な。 どこか現実味のない、だけど確実に起きる様々な体の変化に戸惑い苦悩している主人公の姿がとても歯がゆくて切なかったです。思わず奇跡を祈ってしまいました。 ヒロインの存在は、弾丸のようでした。弱っている心に真っ向からぶつかってくる感じ。だけど彼女の存在があったから、ただ淡々と時をやり過ごして後悔や諦めの念に囚われたりすることにはならなかったのかも。 彼が自分の素直な感情を少しずつでも吐き出すことが出来たのも、彼女の存在が大きかった気がします。 やり場のない感情をストレートにぶつけてきた、名前も知らない彼女… 絵を描くことをやめた主人公が再び筆をとる切っ掛けを作った、強烈な存在の彼女。 その彼女が今後どのように生きていくのかがとても気になります。 詳しい内容はこれ以上は省くとして。 最後のキャストが流れるところで、『佐藤健』という名前に思わず身を乗り出してしまいw 一番の驚きがそこでしたわ(汗) どっどこ...

あっちゃんに一目惚れ

『イニシエーション・ラブ』映画版、観に行ってきました。 原作を読んでからの鑑賞なので、一番の醍醐味であるミステリー要素がネタバレしている時点で、ただ二つの恋愛物語をなぞっている感覚でした。 それだけわたしの中に純粋さが無いのかもしれませんが。。。っと、これ以上はネタバレになっちゃいますね。 ただ、終わり方は面白かったです。これからどうなるの?という妄想的な要素が込められてて。 それと、出演している役者さんの演技も瞠るものがありましたし。やっぱり特に前田敦子ちゃんが最高。もしわたしが男性でもヤラれるわ、あの感じ。 幸せになるって、、、生半可じゃないねぇ。努力の積み重ねで感じる瞬間の光なのかな。どうだろ。