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お葬式に参列してきました

父のお兄さんが亡くなった。 母からLINEで連絡がきても、いまいちピンとこず、最初は暫し躊躇していましたが、急遽スケジュールを調整して、お通夜とお葬式に参列してきました。 棺の中で横たわっている故人を見つめても、やはり特に感情は生まれてこなかったのですが…。 父のお兄さん…わたしにとっては叔父だけれど、物心ついた時からすでに記憶がなく。覚えているのは断片的で、叔父さん家の門番のような犬がやたら恐ろしかったことと、娘さん(わたしにとっては従姉)とはちょくちょく接していたので、その記憶しかありません。 まぁ、もともとわたし自身が人と関わるのが苦手…というか、はっきりと表現しないけど好き嫌いが激しく、敢えて接するのを避けていたため、これといった思い出も何もないのでしょう。 だけれども、その人の噂は耳にしていたので、あまりに穏やかで美しい寝姿が、なぜだかとても不思議に感じて、何度も、何度も、棺の窓を開けて眺めました。 故人は持病もなく、最期は本当にあっという間というか、気が付くとすでに眠るように亡くなっていたそうです。苦しむ間もなかったのではと、同居する父の弟さん(この方も叔父さんですね)が語っていました。 理想的な亡くなり方だね、って、本音が出ちゃいました。 耳にした噂は、もう過去の話。天に召されたら、何もなかったも同然のような、とても清閑とした空間に、また、不思議な感覚がよみがえりました。 最後まで、涙は出ませんでした。どこか他人事のような感じがしていたからかもしれません。 ところで、そんな厳粛な場で、ある出来事で相手を怒鳴りつけるという空気の詠めない失態を犯してしまったのですが、その罰なのか、お葬式の翌日に体調を崩してしまいまして、ひとり家のなかで 「コロナだったらどうしよう…」 と超絶不安になっていたわたしです;; 幸いにも、体調は思った以上に悪化しなかったので、きっと感染はしていない、と思いますが、これって、本当に怖いですね。症状が悪化しないことには、保健所に連絡して指定された病院にいかないわけですから、自分が感染しているかどうかなんてわからないじゃないですか。 しかも、もし、発症してなくても、罹患していたら周囲にウィルスをまいてしまうのでしょ? 病院の混乱を防ぐためだと思うのですが、早いところ、ある程度の医療機関ですぐに検査ができるようにしてほしいです。

相変わらずな一族

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「ヘンコ」って言葉、ずっと偏屈とか変人とかいう意味合いで捉えていたんですけど、改めて調べてみると“頑固”という意味もあるんですね。なんだか、そんなに卑屈にならなくてもよかったんだなぁ…と、ちょっぴり恥ずかしいデス。 父に似てヘンコだとよく言われててそのたびに納得はしつつ傷ついていたので。 今日は法事でした。 はっきりいって気が進みませんでした。 法事自体はそんな面倒くさいとは感じないものの、親族の集まりがあまり好ましくないので、いつも内心ストレスでした。 若い時は、あぁだこうだと駄弁っている親族の傍らで、取り敢えず作り笑いして相槌をうったりしていましたが、社会に出て“別世界”を知るようになってからは、こういう表現は不適切だろうけども、親族の輪の中にいることが苦痛でしかたなかったのです。 親戚の悪口を大きい声で語り盛り上がったり、自慢話と不幸話の投げ合い、自己主張ばかりの会話。わたしが絡む場合は、最終的に必ず「親を大切にしろ」「こんなに愛されてるのに薄情者」という締め言葉が入り、苦笑するしかありません。 しかも母は公然と「娘はお母さんが大嫌いだから」と周囲に言いふらすので、「えぇ、希世ちゃん、そんなこと思ったらアカンやん」と、まるで小学校の学級会での吊るし上げみたくなる。 母が嫌いなんじゃなくて、そこでそのセリフを吐くあんたの意地悪い根性が嫌なんだよ! わたしの言い分なんて、こんな場ではまったく何の効力もない。つぅか、必要なのか、母娘のしがらみについて公表することは? 本気で、もう今後いっさい関わりたくないと思ってしまいました。 (それでも、法事の手配をしてくださったり、食事会の場を設けてくれたりした叔母や弟に感謝しています。率先してそういう面倒なことを引き受けてくれるお気持ちは、なかなか真似できることじゃないと思うから。) 今日、弟が予約してくれた店です。 豆腐と湯葉が美味しかったです^^ おなかがいっぱいになりすぎて、釜飯が食べられなかったのが悔いですなぁ。