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秋空とは裏腹

ちょっと精神的に落ち込む件がありまして。何故だかそういうときって、無性に自己分析したくなってフリーの性格診断とか漁ってみたりして。診断結果みて少しでも利点が書かれていて安心したとしても、やらかしちゃったことは消せないので結局悶々とするのですけれども。 具体的に何がとはここでは書かないですが、目先の(お金の)写真に目がくらんで、もう少しで給付金詐欺と同じようなことをしでかしてしまうところでした。いままでかなり警戒してネットしてたんですけどね。SNS恐ろしいなと改めて思いました。 物欲の塊のようなわたしにとっては、苦渋の決断ですが、本当に欲しいもの、必要なもの以外は極力お金を使わず、ここしばらくは堅実に生きることを目標としようと思います。一人で生きているならまぁ多少は冒険してもいいんですけど、今は二人なので…。 “責任感”が足らな過ぎたなと反省しています。 休日の今日も絶好の撮影日和なんですけどね。。。気分が乗らなくて、ずっと家にこもってます。

女を取り戻す話

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…ホルモンの話です。別に事件に巻き込まれたワケではなくて、わたし個人的なカラダの問題でありますので、どうかご安心ください(?)。 …あ、でも、ちょっと重た苦しい内容なので、イヤな方はスルーしてね。 ——ここから 生理が止まったのは8年位前からで、それまでは定期的にヒドイ生理痛と出血過多に悩まされてきて、はやくなくなれって毎回強く願うほどでした。 ただ、いざ止まってしまうと、安堵もつかの間、いろいろと諦めたり覚悟を決めたりしなければならないことが出てきて、それまで何とも思っていなかった“女としての未来”が断たれるであろう現実に深く絶望したことは、未だに忘れられません。 世の男性がどういう感覚かは判らないけれど、うちの旦那に限っては、どこか夢見心地というか、現実的でない発想を持っていて、「いつか、ひょんな切っ掛けで」懐妊することもあると言うのだけれど、 36歳の時に自然にできるのは6%の確率、それからもう8年経っているので、いつかなんて永遠に来ない訳ですよ。どう考えても。 それから数年。 それでも、その「いつか」をかすかに信じていたりして、ホルモン治療を続けてきたのですが、その影響で卵巣が腫れ気味になったこと、そして黒い影が子宮内に見つかったことで(後に何ともないと解るのですが)、かすかな希望をすべて捨てて、取り敢えず2人で生きることだけ考えるようにしました。 勝手に治療をやめてから2年ほど経ちまして。去年は低音難聴、今年は胸が苦しくなって動悸がしたり、脈が飛んだり、健康診断でコレステロール値と心電図に異常があって要検査になったり。これってもしかして、ホルモン関係する?? そう思って、車酔いひどくなったあたりで再び婦人科に向かいました。 まぁ、だいたい、わたしが懸念することを先生も仰っておりましたので、今一度、治療を再開することにいたしましたよ。せっかくカメラ趣味にして楽しくなってきているのに、病気になって行けなくなるのは嫌だもの。 …にしても、このジェル、、、効くのかな? 1~2回塗ってみて、肌には副作用がなかったので、しばらく続けられそうですが。 これと飲み薬を併用して、今後どのように変化するか、、、

お月見さんな夜

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帰り道、空を見上げたら妙に月が綺麗に見えて、家に着いたらそそくさとK-70で撮影しました。トリミングですが、なかなかきれいに撮れてます^^ <使用レンズ: PENTAX smc DA L 55-300mmF4-5.8 ED > そのあとで、同じようにお月さんを撮ってる人はいないかなぁとWEB閲覧していたら、今日ってちょうど「中秋の名月」の日だったんですね^^ なんとも偶然、どうりで映えてると思った~ 実は昔は月を見るのが苦手でした。 …いや、いつからかなぁ、子供のころは好きだったと思うんだけど、なぜか不気味に見え始めて、月を眺める習慣がなくなって。 なんだろう… 彼の世と繋がってる感じがするからかしら? スピリチュアルな話に興味が薄れている今となっては、きれいだなって素直に思えます。 (スピリチュアルを否定しているのではなくて、わたし自身がハマると変な方向へいってしまうからある程度避けているのです) ちょっと拡大して見たら、クリスタルっぽいですよね^^

Line graph ← Mind

欲張りだから、いっぱい自分を満たしたいけど、その反動で砂っぽくなる感覚って、わかる?? なんだか自分の言葉で自分を縛り付けているようで、身動き取れなくなっています。 何が原因とか…ひとつじゃないんだよね。でも、根っこはひとつ。“自分”なのです。 すっごく気持ち悪くなって、頭の中身が石化してくように、重苦しい気分でした。 なるべく、なるべく前向きに。 一応、このブログは客足こそ物凄く少ないけれど、それでも公の場だと思っているから、マイナスなこともある程度はオブラートに包んだ書き方を心がけています。本当にしんどいときは、それすらできなくなるから、更新頻度はそれほど高くないのです。 でも振り絞って書き出しながら、探してるんですよね、着地点を。 ある時はドラマに没頭してみたり、ある時はひたすらゲームをしたり… 贅沢に時間を使って、ただただ自分のためだけに模索。産業医の先生に話を聞いてもらったその機会に、この気分だったら何か得られたでしょうか… いや、変わらないだろうなぁ、自己愛強いから;; …うーん、そんな怠惰なわたしの一番の被害者である旦那に見限られないように、早いところ脱却しないと。自然と、上を向けるようになればベストだね。

まだ、生きることを諦めない

ここ数日は、あの衝撃的な一件から、妙に精神的に疲弊していました。下世話な野次馬根性でネット上に出回っている記事を漁って、知る由もない原因や理由を探ったりなんかして、わたしには無関係だって判っているハズなのに。 死人に口なしとはよく言ったもので、情報の信ぴょう性は別として、一見すると辛い内容の記事が並び、何だかとても不快に感じることが多かったけれども、そこにコメントを残す人たちの温かい言葉の数々に触れて、自分に向けられたものではないのに救われることもあったりして、 よくわからないけど、今は、穏やかな気持ちです。 特別ファンではなかったけれど、彼の遺したものはとても大きな影響力を持っていて、素直に凄い人だなと思います。 いのちを削るくらい深い悩みを抱えながら日々生きていくことは、本当に大変だったでしょうね。サボり癖があってボーっとしている時間も多いわたしですら、グッタリしちゃうんだから。 わたしはまだまだ欲しいものがたくさんあるから、人生辞めないよ。 と、誰に伝えるでもない勝手な独り言を、空に向かって投げてみた。…なーんてね。キモッw

結局自分次第です

そういえば、 産業医との面談 についてスルーしたままでした。…敢えて触れなかったというよりは、特筆すべきことがなかったんですよね。よくも悪くも。自分が抱えている問題について第三者に話をすることって滅多にないので、その機会を与えてくださったことに関してはとても感謝しています。 (往復3時間もかけてきてくださっている先生に対して、何て失礼なヤツなんだわたし;; 先生ごめんなさい。) 当たり障りのない空気感になってしまったのは、わたし自身が原因だろうなぁと思います。そこまで深く落ち込んだり悩んだりしている風ではないので、先生も拍子抜けしたかもしれません。 自分のことを他人に話すとき、見栄っ張りな性質が表面化されます。こういう人、結構いるんじゃないかなぁ。本当はとても傷ついているのに、そんな傷ついてない風を装うというか、敢えて冷静に語ることでトラウマ化しないようにしているというか。 しんどいなぁ、つらいなあって、素直に言えたらもっと楽なのになぁ。 …で、こうしてキーを打っている瞬間にも、なんだか薄ら寒い感覚が背中をスッと通りすぎたりしてね。記事にするような内容じゃないよな。でも書くけど。 …そうそう、わたしが仕事をするうえでネックになっていることに、いつも“報・連・相”をあげているのですが、本音を言うと、それが一番自分にとってストレスがかかるので、できれば最小限にとどめたいんです。改善したい、のではなく。 だけど、そんなこと言い出したら、根本的なことができないなら、もう仕事に来なくていいよってな話で(しかもどこも務まらないよ)。判っているから、できるだけ努力はするのですが、それでもバグってしまう時が度々あって、周囲に迷惑がかかってしまうのです。 事務的に連絡すればいいだけなんですけど、毎日、ほんとうにグッタリしてしまうんですね。 いい年して、恥ずかしくて誰にも言えない;; ブログに書いてるけど。産業医の先生にも、うまく伝えられなくて、それがちょっと心残りでした。 病院の先生だけあって、健康面でのアドバイスがとてもためになったので、そこは少しずつでも改善出来たらなぁと。前向きに活きますよ、まだまだ人生長いですし。 最後になりますが、想像以上に、とても優しい先生でした。ありがとうございました。

最初で最後のファンレター

仕事中に衝撃的なニュースが耳に入り、思わず声をあげてしまいました。 「なんで?!」 まず、このセリフしか出てこなくて…そのあとは、心から 「お疲れさま」 と労う感情が湧いてきました。 それほどファンではないし、まったくのアカの他人なのにね。彼の何を知ってるワケでもないのに。 ネットのニュースを漁って原因を探っていたけれど、当然と言えば当然だけれど、どれも憶測の域から出ない内容で、ますます気持ちが落ちるだけで、無関係な立場であるわたしですら、こうして動揺を隠せないのだから、ご家族やお友達の心情を考えると本当にやるせないです。 衝動にかられての結果だったのかなぁ、と。キャパオーバーしちゃって、どうしようもなく。そして、運悪く、たまたま、いくつものタイミングが重なってしまったのでしょうか。 わたしは“逝ける”と勘違いしたものを飲み込んで、ただ吐き気が出ただけで済んで、こうして生きてるんですけどね(お恥ずかしい限りです)。確かに、その瞬間は、もうどうにでもなれっって後先のこと考えず… それがもし劇薬だったらこうしてブログ記事をアップすることもなかったし、ましてや、今の旦那とも出会えてません。 …と、わたしの話はどーでもよくてさ;; 我が家にテレビがないから、彼の演じてきた役柄、「君に届け」と「ラストシンデレラ」以外はほとんど知らないままで、こういうの、白々しいと思われるでしょうけれど、 わたしの何十倍も濃くて忙しい人生を歩んできた彼に、本当に、敬意を表すとともに、心からお疲れさまと伝えたいです。 ゆーーっくり、休んでね。

振り返ると荒廃しすぎて逃避したくなるけど元気だよ

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勤め先でのストレスチェックを行ったのは半年以上も前のこと。 結果を見る限り(ストレス過多でもなく)特に問題はなかったのですが、産業医と一度面談を…との指示があり、いい機会なので一度お話でもしようかと思い、面談の予約をさせていただきました。 予定では前年度末までに済ませるはずが、この度のコロナの関係で延びに延び、今になった次第です。 その際に、事前に自分史をまとめてほしいと言われて、幼少のころからの思いつく限りの出来事をまとめていたら、これがまぁ、かなり精神的ダメージを喰らっちまいましてw と、いうのも、人生の半分以上もわたしは“活動”してなかった事実を改めて目の当たりにしたんです。 一番の要因は、両親とのコミュニケーション不足にありまして、あの時こうすれば…って今だから見える解決法も、その当時(10代)はまったく見えなくて、とかく“日々やり過ごす”ことしか考えてなかった。 20代のころはシぬことを目標にしていた割に、「どうせシぬんだから楽しいコトやれるだけやって終わろう!」ではなく、何をやっても無駄とあきらめてダークサイドに行っちゃったしね、ほんとまともに活き始めたのは32歳からなんですって;; 積み重ねて後々役立つような経験もないし、なんの成功体験もないから、逆にまた 「わたしって、生きてていいんかな?」 とか脳裏に浮かび始めてしまう始末で、これはいかん!ってことで、おいしいもの食べて元気になろう作戦しました。 旦那のおごりでw がんこの本店の和食ランチ、なかなか美味です。 お造りも天ぷらも美味しかったですが、なんといってもお味噌汁と漬物がわたし好みの味付けで最高でした。『寿司御前』を頼んだ旦那と分け合いっこして、至福の時を過ごしました。 そのあとは、大阪ステーションシティの上にある『風の広場』で、のんびりと休憩。 本当は、お花の撮影に向かったのですが、想像してたよりお花の数が少なくて、ちょっと残念でした。 しばらく心地よい風にあたったあと、『りくろーおじさんのチーズケーキ』を買って帰宅。とてもいい気分転換になりました。 たっくさんの時間を無駄に過ごしてきたし、再始動したのが30歳過ぎてからで要領を得ないことが多すぎて、旦那には歯がゆい思いさせているけれど、まだまだ人生は続くわけだから、自分なりに上を目指していければと思ってます。 これからもヨロシクね!

お葬式に参列してきました

父のお兄さんが亡くなった。 母からLINEで連絡がきても、いまいちピンとこず、最初は暫し躊躇していましたが、急遽スケジュールを調整して、お通夜とお葬式に参列してきました。 棺の中で横たわっている故人を見つめても、やはり特に感情は生まれてこなかったのですが…。 父のお兄さん…わたしにとっては叔父だけれど、物心ついた時からすでに記憶がなく。覚えているのは断片的で、叔父さん家の門番のような犬がやたら恐ろしかったことと、娘さん(わたしにとっては従姉)とはちょくちょく接していたので、その記憶しかありません。 まぁ、もともとわたし自身が人と関わるのが苦手…というか、はっきりと表現しないけど好き嫌いが激しく、敢えて接するのを避けていたため、これといった思い出も何もないのでしょう。 だけれども、その人の噂は耳にしていたので、あまりに穏やかで美しい寝姿が、なぜだかとても不思議に感じて、何度も、何度も、棺の窓を開けて眺めました。 故人は持病もなく、最期は本当にあっという間というか、気が付くとすでに眠るように亡くなっていたそうです。苦しむ間もなかったのではと、同居する父の弟さん(この方も叔父さんですね)が語っていました。 理想的な亡くなり方だね、って、本音が出ちゃいました。 耳にした噂は、もう過去の話。天に召されたら、何もなかったも同然のような、とても清閑とした空間に、また、不思議な感覚がよみがえりました。 最後まで、涙は出ませんでした。どこか他人事のような感じがしていたからかもしれません。 ところで、そんな厳粛な場で、ある出来事で相手を怒鳴りつけるという空気の詠めない失態を犯してしまったのですが、その罰なのか、お葬式の翌日に体調を崩してしまいまして、ひとり家のなかで 「コロナだったらどうしよう…」 と超絶不安になっていたわたしです;; 幸いにも、体調は思った以上に悪化しなかったので、きっと感染はしていない、と思いますが、これって、本当に怖いですね。症状が悪化しないことには、保健所に連絡して指定された病院にいかないわけですから、自分が感染しているかどうかなんてわからないじゃないですか。 しかも、もし、発症してなくても、罹患していたら周囲にウィルスをまいてしまうのでしょ? 病院の混乱を防ぐためだと思うのですが、早いところ、ある程度の医療機関ですぐに検査ができるようにしてほしいです。

日々雑感『今朝の会話から』

「僕たちは最近ケンカをしないね」 という旦那の言葉に、 「終わるだけだから」 とわたしは返した—— 建設的な話し合いは必要かもしれないけど、感情的に言い合っても、傷口をえぐる結果にしかならないし、一度ヘソを曲げたら絶対に折れない性格の相手と口論したところで、終焉を迎えるだけで何も意味を成さない。 仲直りができたとしても。修正ペンで無理やり白く塗りつぶすみたいに、見えない部分では解決や改善には至っていない。 10数年一緒にいて、学んだことだ。 ただ、根本的な問題はどこかに残っていたとしても、ひとつだけ変化があったこともわたしは知っている。 お互いに、優しくなったんだよ。 些細な変化のようで、実はとても大きな進歩だとわたしは思っている。

今季ドラマ雑感『偽装不倫』

宮沢氷魚いいよね。よすぎるね。見た目さわやかだけど色気もあって、東村さんの作中での“ジョバンヒ”とはちょっと雰囲気が違うけどいい意味での違いというか。 嘘から始まる恋… この“嘘”がまた斬新で、後々で悲劇しか生まないような浅はかな行動と思えるんですけど、ふたりが出会った瞬間から、情熱や切なさ、確かな“恋”の鼓動が聞こえてきて、観ているこちら側が居ても立っても居られない気持ちになり、気が付けば3話目まで観ています。 伴野くんも秘密にしていることはありそうですが、ちょっと天然入ってる言動と無垢な表情によってうまくオブラートに包まれております。 …そう、そこがね、なんかね、ツボなのですw どういった事情であれ、フツーに不倫はまったく共感を持てないので、仲間さん演じるお姉さん側の恋模様には触れたくありませんが、伴野くんの今後が気になって仕方ないので継続して観ていきたいドラマであります。 ところで、話は変わりますが… わたしもどちらかというと“嘘つき”な部類に入るかもしれません。元々から純真な人間ではないので、ときどき細かいところで“嘘”をついて自分を守って生きてきました。人を騙してほくそ笑むというよりは、本当のことを言っても言わなくても特に損得がないのに、自分のちっぽけなプライドを守るために“見栄”を張って心とは別の言葉を放っているだけ、でしたけれど。 もう少し自分の気持ちを正直に吐き出せる勇気がもてていたら、人生も変わったでしょうね。吐き出す言葉は受け止める側が何らかの影響をうけて、いいも悪いも自分にまた跳ね返ってきますが、それをキャッチしたりスルーするスキルが足りな過ぎました。それが“嘘”だったならばまだ自分の心がごまかせる、って考えていたわたしこそ浅はかな人間でした。 いま、あの頃よりも真っ当な人生を歩めているかなぁ。 ジョバンヒとカンパネルラが、幸せな結末でありますように(無理矢理話を戻してみる;;)

3/17~18 家族旅行の前置き

わたしは雨女。 …いや、わたしが雨を降らせるのではないが、イベント等に参加すると、なぜか雨に降られる確率がぐんと上がるのだ。天気予報で“晴れ”“降水確率0%”と謳われても、折りたたみ傘は必需品。 わたしは雨女。 しかもただの雨ではない。イベント等に参加中に振り出す雨は、雷雨、豪雨、暴風雨、ときに雹。3年前は、家族旅行に参加表明をしたタイミングで台風が発生し、2年前に至っては、その時期には平均降ることのない雪が降り、一部道路が通行止めになった。 逆に、母は晴れ女。 母が雨を遠ざけるのではないが、イベント等に参加すると、天気予報で雨だといわれていても、その瞬間だけなぜか晴天になる確率がぐんと上がるのだ。 そのため、わたしと母が一緒にいると、一日で天気がコロコロ変わる、変な空模様になる。 去る3月17日。 山陰地方は、雨の予報だった(降水確率80%)。出発する前日、弟は言った。 「大丈夫やで、想定内やから」 長年わたしと関わっているうちに慣れてきたようだ。母は言った。 「お母さんがいるから大丈夫やって」 …そ、その自信は、神や仏になったふうな感覚からくるものなのか? …いや、違う。彼女は単なる天然素材であり、他意はない。勿論わたしの頭の中は、不安でいっぱいだった。朝、目覚めると、空は…

生理痛について語る

気になる記事があって、Twitterでツィートしたんだけど、ちょっと思うことがあったので、改めて記事にしてみました。 「生理痛は病気じゃない」 というセリフは、体育の教師だけでなく母親からもずっと呪い(まじない)みたいに言い聞かされていた言葉でした。まったくもって腑に落ちなかったけどね。だって、出血が多かったので貧血気味でもありましたし、痛みだけでなく寒気と震えと吐き気が止まらなかったのもあって、絶対に何かあるって疑ってかかってました。 でも、当時は病院に行くことが出来ませんでしたけど…お小遣いだけじゃ足りないし、上記の母親の対応からして訴えても暖簾に腕押しで。 なんというか…女で生まれ育ったことに対する積年の恨みの一部にこの事情が含まれるほど、辛い年月を過ごしたものです。 聴けば、母親もひどい生理痛に悩まされていたそうですが、彼女の場合は“痛みがきついときほど運動をすると紛れる”などという根性論で乗り切ってきたようで(そういう性格なんです、体育系というか)、自分の娘なんだから同じ理論で乗り切れるハズと思っていたとのこと。 いや、、、性質違いますしね、あなたはわたしを産んだのであって、わたしというロボットを作ったワケではないんですから。 …で、念願かなってか30代前半で生理がピタリとこなくなったことを切っ掛けに、婦人科を訪れたとき、内診後に医師が 「あなたの子宮は一般より大きくて硬いし、いくつか子宮筋腫の跡があるね。それと、内膜症も発症してるから、生理痛は相当ひどかったでしょう、どうでしたか?」 と訊ねてくださってですね、思ったんですね。 「病気じゃねえかよ!」 ま、思っただけで口には出さなかったんですけど。ただ原因が解ったことによる安堵感で今までの辛さが飛びました。だって、今後はもし生理が再開したとしても痛みからは軽減されるはずだから(治療を行う過程で)。 当時、母からもらっていた痛み止めはバフ●リンでしたがコレがまた全く効かず、逆に吐き気を誘発するくらいで、ほかに色々試しましたが、なかなか効き目のある薬と出会えず。ひどいときは仕事にならないので、月に1回は休むために肩身の狭い思いをし、そうこうしているうちにリン●ルアイビーという緑色のカプセルが販売されて、そこからはかなり楽になりました。 まぁ、高校時代からアルバイトなどしていれば、自ら病院へ行ったり何でもできた...

2月24日のイライラ

「あなたにわたしの何がわかるというの?」 というセリフは、好きではありません。 たとえシックスセンスが働いたり読心術が使えてその人のことが視えたとしても、まったく同じ体験は他人にはできません。同調するか同情するか慰めるかしかできないって至極当然わかりきっているのに、そんな疑問符を投げかけるのは卑屈で、ときに滑稽でしかなく、相手を傷つけてしまうこともありますよね。 だけど、恥ずかしい話、最近ふとそんな(上記の)感情が湧き出てしまうことがありまして。 「同じ環境、同じ立場になったことがないのに、どうして人を諭せるのか?」 と。 相手にしてみれば、わたしのことを思って言ってくれた善意の気持ちかもしれません。でも、感謝の念とは裏腹に、なにか胸にしこりが残ったような感覚になり、苛立ちます。 大人になるにつれて、自分自身が幼少時代からどういった思考で生きてきたのかをふと思い出されることがあり、それとともに都合よく解釈していってる部分が多いことにも気づかされますが、今だから理解できることでも、それでも払拭できない問題はあるわけで。 それは、やはり家庭環境が原因とするところが大いにしてあって、自分の価値観の押し付けになってしまうけれど“何不自由なく”生きてきたように見えてしまう人に諭されると、癪に障るんですよ。 でも、何不自由なくって感じているのはわたしの勝手な解釈だから、 「あなたにわたしの何がわかるというの?」 というセリフは、わたしの脳裏でさらに卑屈度を増して自身に跳ね返って、口から発せずともダメージを食らうという… なんか面倒くさいことを考えてたら、疲れました^^; もやもやして書き出したけれど、途中で伝えたいことが解らなくなってきたので、実際にはそんなに悩んでなかったのかもしれません。

アレルギーとわたし

一緒になって二カ月が経ちました。 思いのほか精神的に落ち着いてきていて、不安はまったくないといえば嘘になるかもしれませんが、日々楽しく過ごしています。 敢えて言うならば、手指のアレルギーが絶賛稼働中のため、思っている以上に家事がこなせないところが難点ですかな。面倒くさがりなうえ、水を使うのがキツくて、普段以上に重い腰をあげられないというか… 言い訳にすぎませんけども。 はっきりとした病名を確認したわけではないのですが、カルテをチラ見してみるに、わたしは「接触性皮膚炎」「アトピー性皮膚炎」で、とくに指先に症状が顕著に現れます。 かぶれる成分は多種多様で ・紫外線 ・化学物質が含まれる液体(洗剤、シャンプーなど) ・化学物質が含まれる個体(化粧品、石鹸など) ・金属系 ・化学物質が含まれる気体(タバコの煙、香水、芳香剤、PM2.5や黄砂が舞っている空気、排気ガスなど) ・温泉(塩素系、鉄分が強いお湯、消毒剤の濃度が高いお湯) ・食料品に含まれる性分(とくにジャガイモ、たまねぎ、最近は豆腐が辛い) ・調味料に含まれる成分 ・自分の体液(汗、血液、唾液など) 年齢を重ねるごとに、ダメな成分が増えていってる気がしないでもありません^^; ただ、これらはなるべく避けることができます。気体に触れたくなければ、マスクやスカーフ、手袋靴下などでガードしちゃえばよいわけで(夏はめっちゃ暑いけどね…)。一番厄介なのは、“水”にかぶれることです。 水道水に関しては、各都道府県というよりも市町村レベルで水質が違うので、合う合わないがはっきりとわかります。現在住んでいる地域では悪化しないほうなので、とても助かっています。 雨水も時には凶器になります。 それでも、わたしは表面上の炎症で済んでいるので症状的には軽い類だと思うんですけどね。なぜなら、食料品の多くは、触れたときにかぶれても、口に入れると特に問題はなかったりしますし、化学物質が含まれる気体に対して喘息など内面的な症状はあらわれないからです。 (実は食べたら発疹が出る食材もあるけどそこはスルーで) かつては顔がパンパンに腫れ上がり、やけどのようにただれるなど、一応女の子としては辛い時期もあったんですが、いまは落ち着いています。油断すると発疹が出ちゃうので、顔だけは神経使ってます。ファンデーションより上の色付けより、ファンデーションに至るま...

10/24中山寺参り

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もう、20歳になるんだ… たまに感傷的に思い起こすことがある。絶対に会うことはかなわないのだけれど、なぜかイケメンであると信じている。性別は断然男だ。…なぜか。 身長はそんなに高くならないだろう。どちらかというと女性っぽいかな? でもやるときはやる。ホルモンバランスはちゃんととれている。頭はそんなによくないけれど、ここぞという時の集中力が半端ないので自分の目指す道へ邁進し、それなりに生きていけるだけの力も備わるだろう。 名前は… まだ、いや、この先も知らない。 そんな彼とはけして似ることのない相方の背中を追いながら、わたしは現在を生きている。

今後のこと

考えることも多く深く…そして何かしら物事が動き始めようとしているこの頃。この時期はわたしにとって正念場。壊れるも始まるもいつもこの季節です。 白か黒かハッキリと…なんて、若干脅迫めいたことを話してしまってすぐに、(…また試すようなこと言ってしまったと反省しつつ)彼がマイナスの方向で考えてはいないと知った時、わたしはもうタイミングを間違えないようにしようと心に決めました。 わたしはなんてラッキーな人間なんだと、つくづくそう思います。 自分の幸せの価値観が“家族を紡いでいく”ところにあるならば、わたしはけして満たされることはないでしょう。満たそうとして努力しても波乱含みが予想されます。だけれど、唯一無二のパートナーとともに生きることにあるならば… わたしは大きな望みを1つ叶えられたことになるのです。 たとえ相手が悪魔であっても、何者であっても、わたしのことを理解してくれる存在が1人でも欲しかったから。 …うん、 この時 と、大きく心境が変わっていますね。 変わるきっかけは、今年の春。彼がサラリーマンに転身したのです。苦渋の決断だったでしょうが、その行動力と実行力に男を見たというか。このように書くと単純だなと思われがちですけど、正直いって彼の仕事に関しては不安だらけというか不安しかありませんでしたので、たとえ長くは続かなくても、いざとなったら動く人なんだと知るだけでも大きなプラスでした。 まぁ、今後どのように変化するかは未知数ですが、見えてこない部分を少しずつ明確にしていく人生も楽しいですよね。それよりわたしの浪費癖を省みないといけません。 …あぁ、PS-Vitaが…

幸せの定義とは?

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突然彼に訊ねられたわたしは、うまく答えられませんでした。 これまでは、好きな人とともに家庭を作って、子供も産んで… そういう人生にとても焦がれていました。わたしにとって幸せになるということは、やっぱりそういうこと。 いまも正直言えば、その感覚は変わりなく持っています。でも、それを言っても仕方ないと解っているから、敢えて明言することは避けました。…まぁ、ここで明らかにしちゃったら意味ないんですけどね。 しかし幸せって定義づけられるもんじゃないですよね。その時その瞬間は幸せでも、ある日を境に壊れてしまうかもしれないし… だからわたしは、欲張りになってみることにしました。 大好きなあなたが、笑っているとき。 仕事がうまく運んだ時。 ちょっとした気遣いが、感謝されたとき。 美味しいものを食べてるとき。 Man With A Missionのライブを観ているとき。 晴れた日。洗濯物がカラっとフワッと乾いたとき。 …などなど。 たくさん幸せを感じれば感じるほど、生きててよかったと感じれる。だけれどもやっぱりどこか寂しいと思っちゃうのは、それらを全部結びつけても、一番求めているところには辿り着けていないからでしょうね。 一緒に、這いあがっていけばいいんだよ。

GLORY DAYS

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大江千里のMusicを口ずさみながら、帰路についていました。 母親と一緒にいたくない、とか、会社から家が近いからとか… 色々と適当な理由を探したりしてみたけれど、今夜もこの駅に立っているのは、単に、好きな人のそばにいたいだけ、なのでしょう。相手がわたしを求めてくれているからではない。自分が、そこにいたいから。 自分のことをワガママでも、自己愛が強いともあまり思いませんでした。自分自身は好きですよ? だけれど犠牲にすることもしばしばあって。 考え方や行動志向を否定されて生きてきたわたしにとって、じゃあ、あなた自身は何がしたいのか?と問われたら、はっきり何も答えられなかったからです。 自分の色、持っている人をとてもうらやましく 人生が山あり谷あり、激動な方に対しても、同情なんかまったくしない。むしろ、それで人生が彩られるんだから素敵じゃないかって、酷いこと思っていました。 だからね。 本当は、わたしは他人の話を聴くことは、苦手なんです。笑顔の裏で…嫉妬が生まれてくるから。 あなたがね、わたしのいいところの一つを 「人の話をちゃんと聞いてくれる。だから話していて楽だ」 と、言いました。結構、びっくりしました。実はあまり嬉しくはなかったんだけど。…いや、嘘。ちょっとは嬉しかった。 ちゃんと、聴くようにしたのはね、実は彼の影響なのです。彼が、その当時の仕事柄か生まれ持った性質か、真正面から話を受け止められる人なので、立場が変わって自分が聞き流すのは失礼だなと顧みたのです。 (いや実は聴いていてイラッとくることもあるんですけどね、それは人間ですからね、大目に見ていただいて) それと、話をしてくれるということは、信頼とはいかないまでも、その場でわたし自身の存在を否定していないんだと捉えられますし。 またどんな蘊蓄が聴けるのか… 今度の旅行も楽しみです。

上を目指すか他を見るか

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自分で思っている以上に、処理能力がないんだと痛感する日々です。 あと、何が最優先にすべきかの判断にも欠けるかな。 いまの業務はわたしにとって結構背伸びしてる感覚なので、やはりどこかでボロが出てしまいます。失敗は誰にでもあることですが、それを成長の糧とできるか否か、ですよね。いまは完全に自分を見失っています。 そんななか、健全な肉体に健全な魂が宿る…でしたっけ? 体の調子が悪いと心も荒んでくるので、ちょっとリズムを整えたくて、最寄駅から歩いて帰ることにしました。 (まだ3日目ですけど) 実は去年と比べて10キロ近く太ってしまったのです。チョコの食べ過ぎで。 ただ重くてだるい、だけならまだしも、靴下をはくときに片足が上がらないという有り様に正直いって危機感を覚えてしまって。 雨の日はバスに乗りますけどね。 帰宅途中に通る、とある民家の庭に立派な八重桜が咲いていたので、パシャリ。 奇麗なお姉さんも通りすがりに撮影してました。 …ね、見事ですよね。 (日の入り後の時間帯だったので、補正して明るく見せています。実際はもう少し暗いです。) うちの家の室外機横にも、母が桜の木を植えていたのですが、知らぬ間に切り取られておりましたわ。病気になったからだったかな… 毎年、この時期になるとかわいい花を咲かせるのでちょっとした癒しになってたのになぁ。残念です。 少し、道筋について考えています。逃げではなくて、自分がプラスになる方向へ。