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2月24日のイライラ

「あなたにわたしの何がわかるというの?」 というセリフは、好きではありません。 たとえシックスセンスが働いたり読心術が使えてその人のことが視えたとしても、まったく同じ体験は他人にはできません。同調するか同情するか慰めるかしかできないって至極当然わかりきっているのに、そんな疑問符を投げかけるのは卑屈で、ときに滑稽でしかなく、相手を傷つけてしまうこともありますよね。 だけど、恥ずかしい話、最近ふとそんな(上記の)感情が湧き出てしまうことがありまして。 「同じ環境、同じ立場になったことがないのに、どうして人を諭せるのか?」 と。 相手にしてみれば、わたしのことを思って言ってくれた善意の気持ちかもしれません。でも、感謝の念とは裏腹に、なにか胸にしこりが残ったような感覚になり、苛立ちます。 大人になるにつれて、自分自身が幼少時代からどういった思考で生きてきたのかをふと思い出されることがあり、それとともに都合よく解釈していってる部分が多いことにも気づかされますが、今だから理解できることでも、それでも払拭できない問題はあるわけで。 それは、やはり家庭環境が原因とするところが大いにしてあって、自分の価値観の押し付けになってしまうけれど“何不自由なく”生きてきたように見えてしまう人に諭されると、癪に障るんですよ。 でも、何不自由なくって感じているのはわたしの勝手な解釈だから、 「あなたにわたしの何がわかるというの?」 というセリフは、わたしの脳裏でさらに卑屈度を増して自身に跳ね返って、口から発せずともダメージを食らうという… なんか面倒くさいことを考えてたら、疲れました^^; もやもやして書き出したけれど、途中で伝えたいことが解らなくなってきたので、実際にはそんなに悩んでなかったのかもしれません。

相変わらずな一族

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「ヘンコ」って言葉、ずっと偏屈とか変人とかいう意味合いで捉えていたんですけど、改めて調べてみると“頑固”という意味もあるんですね。なんだか、そんなに卑屈にならなくてもよかったんだなぁ…と、ちょっぴり恥ずかしいデス。 父に似てヘンコだとよく言われててそのたびに納得はしつつ傷ついていたので。 今日は法事でした。 はっきりいって気が進みませんでした。 法事自体はそんな面倒くさいとは感じないものの、親族の集まりがあまり好ましくないので、いつも内心ストレスでした。 若い時は、あぁだこうだと駄弁っている親族の傍らで、取り敢えず作り笑いして相槌をうったりしていましたが、社会に出て“別世界”を知るようになってからは、こういう表現は不適切だろうけども、親族の輪の中にいることが苦痛でしかたなかったのです。 親戚の悪口を大きい声で語り盛り上がったり、自慢話と不幸話の投げ合い、自己主張ばかりの会話。わたしが絡む場合は、最終的に必ず「親を大切にしろ」「こんなに愛されてるのに薄情者」という締め言葉が入り、苦笑するしかありません。 しかも母は公然と「娘はお母さんが大嫌いだから」と周囲に言いふらすので、「えぇ、希世ちゃん、そんなこと思ったらアカンやん」と、まるで小学校の学級会での吊るし上げみたくなる。 母が嫌いなんじゃなくて、そこでそのセリフを吐くあんたの意地悪い根性が嫌なんだよ! わたしの言い分なんて、こんな場ではまったく何の効力もない。つぅか、必要なのか、母娘のしがらみについて公表することは? 本気で、もう今後いっさい関わりたくないと思ってしまいました。 (それでも、法事の手配をしてくださったり、食事会の場を設けてくれたりした叔母や弟に感謝しています。率先してそういう面倒なことを引き受けてくれるお気持ちは、なかなか真似できることじゃないと思うから。) 今日、弟が予約してくれた店です。 豆腐と湯葉が美味しかったです^^ おなかがいっぱいになりすぎて、釜飯が食べられなかったのが悔いですなぁ。

あの人と彼女と母

「ワシは、『あの人』なんて言い方はしないけどな」 という父の言葉を聞いて、初めて気付いたこと。わたしは、無意識に母を家族ではなく“個人”として見ていたんですね。やはり、心のどこかで彼女を許せていないからかも知れません(根に持つタイプだw)。 母との確執は、わたしにとっては未だ現在進行形ですが、赦す赦さないは別として、わたし自身も言葉に注意をはらわないといけないなぁと反省しました。 いちばん身近にいて、いちばん通じ合わない。――そういうニュアンスの歌があったっけ。 わたしの抵抗は“無気力”“逃避”でしかなかったけれど、それが正しかったかといえば間違いだったと思います。でも、宇宙人と対話しているかのようにまったく通じない人にぶつかるより、やり過ごすことの方が、心の疲弊は最小限に塞げたのです。 距離をあけるほうが、うまくいくことがあるんです。だから、いまの状況は結構つらい。。。^^; “自分の発言が人を傷つける”自覚があるのに、ちっとも改善しないあの人の態度に辟易した今日でした。 …あ、またあの人言っちゃった…

いつものことです

「だから何なんだ?」 という個人的な理論を語るのが好きなところは、父親譲りであることを自覚しています。正直話さなくてもいいことを羅列して自己満足しているこのブログと、テレビから芸能人の情報を仕入れては嬉々としてわたしに聴かせる父と、たいしてレベルは変わらないことも。 でもそれでも、わたしは自分の中であるひとつのポリシーを持っています。ただ自分の意見と合わないから拒絶とか、相手の考え方が理解できないから否定とか、一方的な見解では答えを出さないというところです。 でも、実際はそこを全然理解されてないのですよね~。親に。 いやきっと生涯理解されはしないんですけどね。血の繋がりはあっても心の繋がりはまったくない親子なので。 よく本音でぶつかれば何か変わるのではという意見をいただきますが、そもそも、その本音を受け止めてくれないのだから意味がないのです。それはわたしにも問題はありまして、物心ついたときから親に対して一定の距離をもって接しておりましたので、親もわたしに対しどう接していいか戸惑ったことでしょう。 もう少し子供らしく甘えたり、駄々こねたり、何らかのリアクションをすればよかったのかもしれませんが… ほら、“長男長女あるある”っていうの? 「お姉さんなんだから」とかいうよくわからない理屈で牽制する親っているじゃない。そういうのの積み重ねで、言えなくなってしまうんですよね。 “しつけ”と称して、色んなぶつかり合いもありましたが、今となっては何の意味があったのか定かではありません。ただ向こう(親)の言い分をひとしきり聞かされて理解しなければ「出ていけ」だのと突き放されて、わたしの言い分はひとことも聞く耳をもってくださらなかったので、そのうち言われるがままただ黙って聞いてやり過ごす身構え方になりました。 で、それがまた親は気に入らなくて文句あるなら言ってみろとか吹っかけてくるくせに、その意見もまた聞く耳がなくて… ってどないやねん^^; そんな感じで、わたしは親ですらコミュニケーションをうまくとれず、イタイ感じの青春時代を送ってまいりました。正直、今のわたしを形成しているのは親との係わりではなくて“社会”で得たものです。 超強力的なマイナス思考は親からいただきました♪ あ、面倒くさがりでぐーたらなのは元々です。これは自覚してます。親のせいではありません。 で、またこんな風に長々...

働くというよりただ動いてる

仕事を始めて2ヶ月半が経つわけですが、日々イライラが募って爆発寸前のところまできています。所属する会社自体は新しいですが、組織としては昔からずっと変化はないのではないかと。そのカラーに馴染めるか否かが、今後のカギのような気がします。 先日のYear end conferenceで、来年の抱負を述べましたが、正直、わたし自身が正念場だなあと感じています。チームワークを強化したくても、常に情報共有しなくては為さないことなのに、たった1人常勤でしかも来年から課長の出勤日数も減るために、わたしにとってはかなり負担です。 すべてを把握しておかなければならないのは当たり前のことですが…。わたしの力量が足りなすぎるのかしら( ;´Д`) …と、ここまで書いてから眠気に勝てず眠ってしまって、朝起きたら不満が軽減されておりました。ただその代わりに、仕事に対する意欲も減っている感じです。同じ働くにしても、楽しくやりたいのに、何だか虚しさしか湧きません。 今の部署が閉鎖的な環境にあるのが良くないのではないかな。 取り敢えず、あまり深く考えないように、こなしていきます。来年の抱負…自分で言っておいて、すごくバカバカしく思えてきちゃいました。こんなこと言っちゃダメなんでしょうけど。

ヒロウコンパイ

本当はテンパっているのに落ち着いて見えるというのは考え物かもなぁと思う今日この頃です(頼まれごとがどんどん増えるからね)。 また、要領の悪さが露骨に出てて、どこからどこまでが自分の許容範囲かが判断できずに何でもハイハイと聞いてしまうところも、改善の余地があるのだけど、今のところまだまだ無知な部分が多いので、“覚えなきゃ”という気持ちが先行してしまって線引きが出来ないでいます。 まぁ…たまに 「そこまでする必要あんの?」 って直感で思って、上司にポロっと漏らしてしまうことがあるのですが、 「それが総務の仕事」 と答えられたら、何も言い返せないよね~^^; この年齢で初めての総務業務、早くも暗雲が立ち込めておりますw とにかく無駄な“ワンクッション”が多い気がします。そのために余計手間がかかるし不備も出てくる。いや、ただ単にわたしの処理レベルが低すぎるのが原因だとも言えますが(それしかないか?) まっ、楽しく仕事ができれば、それに越したことはないんですけどね♪(今のところは楽しkn…(以下略))

執着心から逃れたい

情けない。 もう、この一言に尽きます… で始まった記事を少しアレンジ。理由はあれです。何だかんだいって結局未練たらたらなのを羅列し羞恥プレイしてるだけなことに気付いたからです。 それだけ心を許してた、そして逆に、強く許せない何かを抱いているんでしょうね。 その前の人との場合は、客観的にみてもかなり辛い経験をしていたはずなのに、全然、恨むとか腹立つとか、無いんですよね。 この違いは何だろうと考えたけど、やり尽くした感?ではなく、きっと年齢なのではないかな、と推測できます。 彼と同棲解消したときに、メールでやりとりしていた方に、厳しく別離をすすめられておりました。 その人も、わたしの年齢のことを気にかけていらっしゃいました。 今だったらまだ30代だから。やり直しはきくから。 しかし結局、振り切ってしまってヨリを戻したワケですが… …うん、まったく、その通りの結果になりましたよ。はは(笑い事じゃないっすけど) このままだとわたし、悔しい、悲しい、うらめしい…で鬼に変貌しそうですよね(イヤすぎ)。 その前にこの病んでる状況から早く脱却しなければ。

こてんぱん

先日、面接に行ってきました。 応募先へ着いたとたん、まず感じたことは、想像してた会社と印象が全然違う事。まだ面接も始まってないし採用も決まってない段階で、こんなこと思うのは失礼かもしれないですが、ここで長く務める自分が想像できませんでした。 そんななか面接は始まり、厳しい質問も投げかけられるなか、それでもわたしとしては有意義のある時間を過ごさせていただいてました。 美術系の学校なんか出てなくてもいい、年齢も関係ない、等々のお話を伺い、今後もしこちらで採用されなくても、諦めないでチャレンジしていきたいなと思っていた矢先、最後に心理テストをしてみませんかとお誘いを受けました。 YGPIテストと呼ばれるもので、質問に「はい」「いいえ」「わからない」で答えるものですが、普通は有料だけれどお金は要らないからと、その機会を設けてくださったことに感謝し、今の心理状態そのままを答えていったわけです。 結果、「わからない」の項目が…多かったわけですが、そのためかどうか解らないけれども企業さんからすれば散々な結果だったみたいで、ぼろくそに否定されてしまいました。 「はい」か「いいえ」だけで答えるように説明しただろ、どうしても解らないときは「わからない」でエエけど、人の話ちっとも聞いてない こんなん要りませんわ、採用なんかできません 訓練して再チャレンジしても、だいたい人間そんな変わりませんわ。一緒や一緒。 …いやまぁ、、、怒っても良かったんですけど、もうどうせ縁がないんだから面倒なこと言わないでおこうと取り敢えず話を聞きました。 この業界に向いてる向いてないという以前に、人間として要らない存在と言われた気がして結構凹みました。 始める前は、気楽にだとか、そんな真剣に考えこまないでと仰ってましたが、 「これは遊びじゃないんだ!」 と言われたり、だいたい、「はい」「いいえ」だけで答えるようになんて説明うけてないし、始める前の練習スペースも、やり方が解らなかったら練習して書いてもイイと仰ってたのに、 「こんなとこに書けなんて誰も言ってない」 と… まぁ、とにかくいろいろ言われましたよ… 確かに、わからないと答えることは、その質問に対して考えることを放棄しているという理屈も解るんですけれど… 帰ってから、もう一度読み直して、あいまいなところをなるべく明白化したら、 まぁ少しは変化しましたが、何...

すぱいらる脱却にむけ

愚痴ですよ。 あのお泊りの日から10日ほどしか経たない間に、ココロにぽっかりと穴があくような出来事が起きました。だいたいはわたしの利己的な?考え方や態度が原因なのですが…。 わたしも急に収入源を失ってしまったし体調も芳しくないので全然余裕が無かったんですよね。 彼がわたしに言ってくれる言葉は正論であり理解できます。でもいっぱいいっぱいの状態で言われると、どんどん追い詰められてくる感じで息苦しくて、しばらく声すら聴きたくなくなってしまってました。 でも…ちょっと突っ撥ねたような態度をとったからといえ、それを前の奥さんを引き合いに出して「同じようになって手に負えない」は無いでしょ。 それだけ彼を傷つけてしまったんでしょうけれど。 色々と注文つけようと思ったら、もうそれこそ山ほどあるわけです(お互いにでしょうが^^;)。 それを小出しにしていったら「そんな完璧な人間はおらん」だの「何でもかんでも自分の思い通りになると思ったら間違い」だのと説教され、だから出来る限りわたしは口を噤んだんです。 わたしも何も要求しない代わりに、ある程度は、彼もそうあって欲しいと願うのは…見返り求めてるからダメなのか… いや別に何か特別にしてもらいたいとか無かったんですけどね。 だって、前の奥さんとは立場が全然違うじゃないですか。。。わたしはどう足掻いても他人なんです。家族じゃない。扶養義務なんか発生しない(いや発生したとしても扶養されたいとは思わないけど…って可愛げないか)。 ただ自分らしく、無理のない関係で長く一緒に居られたら… 今は出来ないことでも、落ち着いたらできるようになるかもしれないし、ゆっくり2人で歩いて行けたらと思っていました。 彼は根本が優しいので、いろいろと気遣ってくれてました。それにはとても感謝しています。 ただ難点は、彼が超古風な考え方のもとに大人になったこと。で、わたしはというと、そういう古風な考え方にある両親に多大なストレスを感じて育った、どちらかというと現代風? …でもないな、オリジナルな人間です。 正直、初めから、合わないわけです(汗)。 今までの衝突もそこが一番の原因で、その度にやっていけないと背を向けられ…でもやはり好きだからとヨリを戻し…の繰り返しをしてきました。 わたし自身は、キツイ・辛いことも楽しいことに切り替えて「まっ、いっか」と振り切っていける人間で...

身体もメンタルも弱すぎです

先日、彼の年齢を改めて認識し、身震いしてしまいました(苦笑)。そうだよ、7年も経つんだもの、そりゃ歳もとるよ。 何の変化もなくただ日々を過ごしてる感じがしないでもない…のはわたしだけで、彼は着実に前進していってるようです。 デートをしていても、以前の彼とはまるきり違うオーラを感じます。だから内心焦りもあって。 結局、3年前のあの日からわたし自身は成長してないというか。これだと思って挑戦した介護職も、体質に合わず辞めざるを得ない状況に… 自己の健康管理が出来てないだけの話だと思うんですが。彼は心配して、このままだと本当に倒れてしまうから辞めた方が良いと助言をくれました。しかし、その助言に素直に従ってここで辞めてしまってもいいのか…迷う気持ちも少しあります。 せめて半年、持って1年は続けたかったなぁ。 (12月から別施設で働いてるから一応トータルで半年はクリアしてますが) この歳で派遣とかアリなんでしょうかね…。彼は薦めてくれるのですが、わたし自身、社会人20年してて全然スキルないんですよね。ブラインドタッチぐらいしか^^; やってみないと解らないし、やる前から否定しても何もならないですけどね。これから職を変えるのにもかなり勇気が要りますし、何より自分がなんと無力なんだろうと…あの介護講習の時の意気込みは、やっぱり口先だけだったんかと自己嫌悪です。

なさけない

親からの仕送りや遺産相続などで、当面働かなくても食べていける芸人の話題をテレビで観たらしく、朝からテンション高くそのことを語る父にゲンナリな気分です。 「将来親の面倒をみるためにこの仕事(介護職)に就いたんやろ」 と、昨日言われてガッカリきてたとこだったので、拍車がかかってこちらはテンションがダダ下がりですわ。まるで某国の…(以下自粛)。 なんか悶々と頭や胸の中がざわついてるけれど、これ以上は書かないでおきます。自分のレベルまで下げちゃうからね。 弟の優しさの小さじ一杯ぶんでもいいから、わたしの中に芽生えてくれるといいんだけど。自分で自分が嫌になる。

根性なしかな~

“介護職”に従事してからまだ半年しか経っていませんが、自分のできることに限界を感じています。 生活の一部をお手伝いすることは辛うじてできますが、ご利用者様を“楽しく”“健やかな”日々へ誘う力がわたしにはありません。 一緒に何か作業をしてワイワイと過ごすことが、苦痛なんですわ(汗)。それとレクリエーションを考え実行することが苦手。…って、それはかなり致命的な欠陥のような気がするんです。 介護講習を受けていた時もコミュニケーションは“課題”の1つだなぁと思っていました。 …で、今日それプラス…自分の欠点を指摘されて、さらに自信がなくなりました。…いや、いけないところを注意してくれるのはいいんです。ただ、ご利用者様や他スタッフ、お客様が居る前で 「かなめが悪いねん!」 と言い放つのはどうなんかって思っただけで。 出来ないからと逃げてばかりでは成長しない。のも解っています。でも、出来ないことを無理にしてストレスを溜めたり身体を壊したりするなんて無駄な時間を過ごすより、自分の好きなことをするほうが有意義に生きれるという彼の意見にも大賛成です。 だけど、いま辞めてすぐ次の仕事が決まらなければ、生活が困窮してくるという不安も大いにしてあるわけで、物凄く悩みます。

血の繋がりが憎い

久しぶりに母と口論になりました。 確かにわたしは母の望むような生き方をしてこなかったし、母から逃げるばかりで向き合うことを避けてきました。 だけどそれは、わたしなりに悩んで出した結論で、母とどれだけ話し合っても堂々巡りの平行線でちっとも解り合えないと…気付いてしまったからです。 母はわたしを否定的にしか見ません。 わたしに100%裏切られ続けてきた、信用なんかできない、と、真っ向から拒絶します。 わたしからすれば、子どもの頃の行いはSOSだったのです。まともに話が出来ないから遠回しに反抗していただけなのです。 とはいえ、自分のしてきたことを肯定するつもりはありません。大変恥じていますし、反省もしています。だから少しずつ生涯をかけて軌道修正できればいいかなぁ、と思っています。 母は何でも完璧な答えと行為を求めます。それが出来ないと解ると完膚なきまでに罵倒。わたしに対しては特にそれが顕著に表れます。 …まぁ、こうして住むところ、、、貸していただけてるんだし、わたしに分がないのは仕方がないんですけれどね。 彼にも言ったのですが、今度家を出るときは、腹をくくって…“もう二度とこの家の敷居は跨がない”勢いで行くしかないですな。 (当たり前っちゃ当たり前ですが。。。) 裏切られた裏切られたって… わたし、あんたのために生きてるんじゃ無いっすけどね。 この40年間、生んでくれてありがとうなんて… 全然思えませんわ。