投稿

8月, 2020の投稿を表示しています

嵐山さんぽ

イメージ
今日も絶好調にオレンジです^^ もう、この夏はコレで乗り切っちゃいそうな勢いです。普段は通勤用のシャツかルームウェアで過ごしているので、本人もそれほど重要視していない模様… って、まだ買いに行ってないのかぃ;; 気を取り直して、 写真でお分かりのように、今日も嵐山まで散歩に行ってきました。 ココは、旦那がとても好きな場所。駅に降り立った瞬間に、空気感が違うというか… 実際に体感温度も住んでいる地域とは違う気がしました。避暑地みたいな。 (ちなみに霊感はありません) 嵐山公園へ入る手前の川で、コサギちゃんと再会。 その奥では、黒っぽい鳥が捕獲した魚と格闘中でした。 鳥さんに倣って(?)桂川を眺めながら、我々も少し早めの昼食をとり、雄大な景観と心地よい風にしばらく癒されました。川岸では、川遊びをする子供たちの姿が。観光客というよりは、もしかすると地元の人たちかもしれません。 談笑したのち、保津川沿いに西のほうへ歩いていくことに。 しかし、好い天候も相俟って、今日の写真は見映えがします^^ しかもPLフィルターがいい影響を与えていて、水面に空が反射して自画自賛。 保津峡までの細めの路を歩いている途中、小川が流れているところでビールを飲みながら涼んでいるオジサンと遭遇、しばらく旦那が世間話をしているなかで、撮影。 この写真の左手前にオジサンが 写真ではうまく表現できてませんが(汗)、オジサンが「お気に入りの場所のひとつ」と仰るも理解できるほど、この一角だけ、空気がひときわ澄んでいて、冷たい風が吹いていました。旦那はこの場所に神秘性を感じたようです。 カフェや飲食店があり、比較的賑わっている対岸沿いとは対称的ともいえる、この厳かな雰囲気。幾人かはサイクリングされている方、観光客ともすれ違いますが、清閑さが際立ちます。 小雨もパラパラと降り始めたこともあり、小さな滝のある場所で折り返すこととしました。 いつも嵐山の一区画しか歩いていないのですが、もう少しいろいろと観て回りたいかも。この暑さではくたばっちゃうから、涼しくなったら探索してみたいです。

午後の散歩、中山観音(改筆)

イメージ
怠惰と憂鬱の合間に、レンズ越しにセメントのような生活を満たせるものを探すため(?)、コロナ渦で、行けていなかった中山観音までお詣りに向かいました。 本当は、撮影ができるところならどこでも良かったのかもしれないけど、頭んなかで言い訳をみつけて消去法で消していったら、そこしか思いつかなくなって。 まだまだ残暑厳しく日差しも強いから、白飛びしちゃってます;; PLフィルターつけてないこと途中で気が付いたけど、そのままにしました。ちょっと失敗だったかも。 境内は人気もほとんどなくて、静かでした。 まずは本堂で手を合わせて、お久しぶりのご挨拶。 そのあとは、滅多に赴くことのない、子授け地蔵尊のほうまで足を運びました。この辺りは木陰なので比較的涼しかったです。 深い青色の五重塔、「青龍塔」です。 高台から、山門を見下ろして。 気分の良い眺めでした^^ 最後は「総持院」に参拝し、帰宅ました。…ほんとうはもう一か所、隣駅の「売布神社」にも立ち寄ったのですが、入り口の厳かな雰囲気に尻込みし、鳥居だけくぐって引き返しました。 神社だけはどうも、気軽に行けないなぁ。なにか悪いものでも憑いてるのかしら? 宝塚線、車内は空いていました。 焦っても仕方ないけど、この何とも言えない憂鬱な気持ちは、いつかは晴れるのかなぁ。今度のお出かけの時はめいっぱい楽しめるといいな。

Line graph ← Mind

欲張りだから、いっぱい自分を満たしたいけど、その反動で砂っぽくなる感覚って、わかる?? なんだか自分の言葉で自分を縛り付けているようで、身動き取れなくなっています。 何が原因とか…ひとつじゃないんだよね。でも、根っこはひとつ。“自分”なのです。 すっごく気持ち悪くなって、頭の中身が石化してくように、重苦しい気分でした。 なるべく、なるべく前向きに。 一応、このブログは客足こそ物凄く少ないけれど、それでも公の場だと思っているから、マイナスなこともある程度はオブラートに包んだ書き方を心がけています。本当にしんどいときは、それすらできなくなるから、更新頻度はそれほど高くないのです。 でも振り絞って書き出しながら、探してるんですよね、着地点を。 ある時はドラマに没頭してみたり、ある時はひたすらゲームをしたり… 贅沢に時間を使って、ただただ自分のためだけに模索。産業医の先生に話を聞いてもらったその機会に、この気分だったら何か得られたでしょうか… いや、変わらないだろうなぁ、自己愛強いから;; …うーん、そんな怠惰なわたしの一番の被害者である旦那に見限られないように、早いところ脱却しないと。自然と、上を向けるようになればベストだね。

炎天下の庭園で

イメージ
「〇〇ちゃんが撮りたいものを撮ればいい(旦那談)」 これって魔法の言葉でして。いい効果というより、(知る人ぞ知る)メダパニに近い。いろいろと模索して数日(短い)、たどり着いた答えというのが、 「わたし、旅したいんだ」 でしたw いまある環境で、アーティスティックに撮るというより、行く先々での断片的な思い出を捉えたいのです。それは、別にパワースポットじゃあなくてもいい。有名な名所じゃなくてもいい。 でも、いつも同じ場所じゃ飽きる。 そういうカメラ好きもあっていいんじゃないかな~。 と開き直ったところで、今日はまたまた万博記念公園まで散歩してきました。 東口から入って、目指せ『日本庭園』。…のはずが、ちょっと迷いました。 園内マップ参照 まっすぐ歩いて途中右に曲がればスグのところを、真っ直ぐ突っ切ってしまったようです。 …で、途中で折り返して、 万博記念公園のシンボル太陽の塔を横目に、庭園へ向かいました。 歩きながら撮影 奥の赤いポールがなければ、もうちょっと雰囲気出てたかも。 こちらは、一本だけ悠々と咲いているヒマワリさん。夏の暑さも何のその。 やっとたどり着いて、「心字池(しんじいけ)」のそばの休憩スペースで涼みます。ここだけ風がよく通って避暑地のようでした。 お、よく見るとサギちゃん あぁ、もう少し遠くを撮れる望遠レンズがあれば、サギちゃんのアップが撮れるのになぁ。デカくて持ち運びに苦労しそうだけど。 猛暑だからか、平日だからか、人影はほとんどありません。 また、日差しがきつくて、「PLフィルター」装着していても、油断すると白飛びしてなかなか思うように撮影できませんでした。 はじめ迷ったせいで、3分の1ほど歩いたところでタイムオーバーとなり、約1時間半で万博記念公園を後にしました。ペットボトルの冷たいお茶がホットになってたからね;; ヤバい暑さでした。次回はもうちょっと西側のほうも散策してみるつもりです。 そのほかの画像は こちら

Gyao動画鑑賞『寝ても覚めても』

1回目、ざっと観た感想として、いい映画だったとは思わなかったけれど、とても印象深い内容でした。まさしく寝ても覚めても、心に引っかかりが残ってしまうくらい。 詳しいあらすじは省きますが、とかく「朝子」と「麦」の存在が、ふわふわ浮いている感覚でした。終始、無と不穏。そんな二人とは対照的に、周囲の人間はリアルを生きていて感情や言動が明瞭です。だからよけいに、彼女らが浮世離れして見える。 ちなみに、原作は読んでいませんし、映画文学等の観点から語ることができませんので、悪しからずご了承ください。 「朝子」の心の揺れは、表面上はハッキリと見えてきません。これは敢えてそういう演出なのでしょうか。しかも、「好き」とか「めっちゃ好き」とかいう言葉すら、無機質で軽薄さを醸し出していて、 そのくせ、決断するときはスパっと判りやすく意思表示をします。だから、 「何がしたいん? この子… なんかムカつく」 って苛立ちと困惑が右往左往したりもしました;; それと、正直、「亮平」が朝子を好きになる理由が見つからなくって。初対面でいきなり「バクやん」言われて、顔触られたりして気があるんかと思ったら逃げられて、どう考えても「朝子」は挙動不審な女にしか見えないし。ある意味衝撃的すぎて嫌でも気になる→気付いたら好きになってたパターンでしょうか。 でもね、恋愛とは何か、ってはっきりと誰もが納得する答えって、なかなか出せないもんだから、これはこれでひとつの恋愛のケースとして捉えたらいいのかもしれません。 (私事ですけど)かつて、 「俺のこと本当に好きではないでしょ?」 と訊かれて、明白な答えも出せないままでいたら、勝手に結論出されて振られたっていうことがありました。 で、いま、同じ質問を旦那に問われても、きっと答えられないと思うんですよ。ていうか “ほんとうに”好きって、何なの? 未だにわかりません。体のいい振り文句じゃないかなっていうことぐらいしか。好きに本当とか嘘とかってあんの? 好きじゃなかったらどうでもいい相手ってことだから、親しくなんかなろうとはしないわぃ。 …あ、ちょっと脱線しかけた。 「朝子」ってね、嘘がないんですよね。容姿が激似の「麦」と付き合ってた事実を隠していたとしても。「麦」のことも好きだったし、もちろん「亮平」も好き。だから残酷。 ただ、「麦」と北海道へ向かう途中の仙台で、何をきっか...

撮りたいもの迷走中

イメージ
旦那、いっつもオレンジのTシャツ着てない?w …まぁ、そうなんですよね、なかなか服を買いに行く機会がなくて(コロナ渦とその他の要因が重なって)。旦那自身も服に頓着しない人なので、「急いで買うこともないか」って先延ばしにしていたら、どんどん手持ちの服が傷んできて、まともなのがほんの2~3枚しかなくなってしまったのです。 そのうち、「夏はもうすぐ終わるしTシャツは来年にするか」ってまた買いそびれそう;; つーか、わたしが買ってきたら済む話なんでは?(鬼嫁) さて。 一眼レフに触れはじめてから、だいたい一年が過ぎました。 前は、「なんでもいいから撮りたい!」という気持ちだったのが、今は、どういったものを撮りたいか、よく判らなくなってきている状態です。 InstagramやPhotohitoで、ほかの方の作品を見ていたら、そりゃあ経験の差もあるでしょうけれど、自分のセンスのなさが浮き彫りになってみえて、すごく焦るんです。で、手持ちのレンズでは思ったような写真が撮れないのかな? もっといいレンズ買うほうがいいのかな?とか思ってしまったり。 しかし旦那は、今あるレンズでとにかく撮って慣れる、こなすことが大事だとアドバイスをくれています。 (ちなみに旦那様は昔々に一眼レフを使用していた経験あり。今はデジカメオンリーです) 彼の言葉を信じて、とかく、“なんでもいいから撮る”ことにするか…(他レンズの誘惑にフラフラ負けそうになるけどね)。で、今日のお出かけはPentax K-01をお供にしてみました。 (お出かけというより、お昼ご飯を食べに出ただけですけれど) 京とれいんの車窓から鉄橋(阪急電鉄梅田方面、十三駅を抜けたあたり)を眺めて。 ここの景色大好きです。ほかの路線の車輛が走っているとなおさら。あと、夕陽が差し込むとドラマティックな雰囲気になります。 阪急大阪梅田駅、「京とれいんの発車時を撮るから」と、お立ち台に向かう旦那。それについて行って、ちゃっかり わたしも京とれいんを撮影。なかなかうまく撮れてる?(トリミングですが) そのあとは、三番街にてハンバーグをいただきました。 お味はまぁまぁかな。 コロナ渦だし、人通りがそれほどないと思ったけど、意外とたくさんのお客さんが食事をされていました。感染リスクも考えて、そんなにゆっくりと堪能できなかったけど、いい気分転換になったかなぁと...

まだ、生きることを諦めない

ここ数日は、あの衝撃的な一件から、妙に精神的に疲弊していました。下世話な野次馬根性でネット上に出回っている記事を漁って、知る由もない原因や理由を探ったりなんかして、わたしには無関係だって判っているハズなのに。 死人に口なしとはよく言ったもので、情報の信ぴょう性は別として、一見すると辛い内容の記事が並び、何だかとても不快に感じることが多かったけれども、そこにコメントを残す人たちの温かい言葉の数々に触れて、自分に向けられたものではないのに救われることもあったりして、 よくわからないけど、今は、穏やかな気持ちです。 特別ファンではなかったけれど、彼の遺したものはとても大きな影響力を持っていて、素直に凄い人だなと思います。 いのちを削るくらい深い悩みを抱えながら日々生きていくことは、本当に大変だったでしょうね。サボり癖があってボーっとしている時間も多いわたしですら、グッタリしちゃうんだから。 わたしはまだまだ欲しいものがたくさんあるから、人生辞めないよ。 と、誰に伝えるでもない勝手な独り言を、空に向かって投げてみた。…なーんてね。キモッw