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賀春

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新年あけました。 旧年中は、本当に色々な方にお世話になりました。すぐそばで見守ってくれている人には、思いっきり寄りかかってました。 今年は、恩を返せるくらい成長出来たらと思っています。 相方と一緒の初詣は何回目かな。 昨年、一昨年と、ちゃんとお参りできなかったけれど、今年は天候にも恵まれて清々しい年明けとなりました。 本当にイイことありそうです。だって、嬉しい事件があったから。 ここのところ、姿が見えなかったカモさんが、円山公園に帰ってきてくれたのですよ! 今までの家族とは違うだろうけれど、それでも嬉しいです。 …あ、今年、酉年だからかな?(違う) 2016年は、自分にとって更なる挑戦の年でありました。自分の実力がどれほどのものか明確になって、凹んだりストレスで体調を崩したり… 完全に自分を見失っていた感じです。 今年は珍しく目標を立てて、まずは足元から見なおしていこうと思っています。 ・夜更かししない(夜12時までには寝る) ・何か一つでもいいのでやり遂げる(成功例を作る) ・体重を10キロ減らす(せめて昨年1月ごろの体重に戻す) それと、Man With A Missionのライブももちろん、色々とイベントにも参加できればなぁ。 大谷祖廟にて、花文字。深いですね。20代~30代前半くらいは、素直に受け止められなかったかも。いまもちゃんと理解できてるかといえば…ううむ、わからないけど。 でも、生きていること、今ある命に深く感謝しています。 わたしの場合は、他人からの言葉にも結構、迷いますけどね。。。自分を見失わないこと、一番の目標はそこかな。

そしてまた、後ろ向き

きっとどこかに甘えている感覚があるのだろうと、一日経って頭が少しずつ整理できつつあります。 ちょこちょこと失敗が度重なっていたのが、ここへきてあるスタッフに個人的に実害のあるミスへと発展してしまって、かなり落ち込んでいました。 (こうなるとミスではなくトラブル、事件です) 元々自分が発端なので、誰を責めることもできないですし、そういうつもりもサラサラなかったのですが、 「そもそもあなたが完璧に仕事していたら起きなかったことなのですべてあなたが悪い」 という言葉にかなりテンパってしまいました。 …いや、その通りなんだけれど、なんて意地悪な言い方なんだろうと。ううん、やっぱりわたしが悪いんだけど。 40歳で初めて経験する総務という仕事の奥深さと難しさに改めて直面しています。 今までわたしがしてきた失敗は、だいたいが伝達能力の低さから引き起こされることが多いので、そこを直せば随分改善されそうなのですが、余計な感情が邪魔をしているのか、元々持ってるものなのか、どうしてもうまくコミュニケーションがとれません。 伝える力って、わたしにとってはとても難易度の高いものです。 明日からの仕事、憂鬱です。ふぅ。

一歩一歩、進んでいけばいいじゃない

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もっと辛い立場や過酷な環境にある人はたくさんいる。苦しいのは自分だけじゃない。 …こういう言葉は時として慰めにもならず刃となる危険性を孕んでいることを、改めて知りました。 ヒトの感情に尺度なんてないんじゃないかって。 苦痛から立ち直るまでの時間に、限りなんてなくていいんじゃないかって。ただ、いつまでもそこで埋もれて抜け出せないままなのは、良くないかもしれないけれど。 たまたま録画されていた『五年目のひとり』というドラマを観て、そんな風に感じておりました。 ルミナリエも…22回目なんですね。 本当に神戸の街は元気になったなぁと、客観的にみてそう思えるんですが、でも、まだまだ闘っている人達もいるワケですよね。 だけれど、確実に何か変化している。昨日より今日、今日より明日… 刻み続ける時とともに、動いているはずなんですよね、前へ前へと。 後ろ向きなわたしがちょっぴり前向きになれた夜でした。…なんて、ポエマー気取りw

神戸観光・その1

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素敵な誕生日でした。 綺麗なものを綺麗だとか美味しいものを美味しいだと素直に言える幸せを噛み締めています。 去る19日、仕事が終わってから食事に行った後、新梅田シティにて『ドイツ・クリスマスマーケット大阪2016』を観に行き、チョッとまだ早いけどクリスマスな雰囲気を眺めました。 ただこの日はサラッとだけのデートで帰宅し、翌日からの神戸観光へ備えました。 近場ではあるけれど、1か月以上前から相方が企画してくれた、二人だけのバースディイベントです。 まぁ、目が覚めた朝に、 「○○ちゃん、誕生日おめでとう」 と、思いっきし別人の名前で呼ばれたのはご愛嬌w ○○って誰やねん? いや知ってるけど割愛(笑)。 気を取り直して、まずは『神戸布引ハーブ園』へ向かいましたが、ここで出鼻を挫かれます。ロープウェイ設備の不具合により、運行休止となっていて、復旧のめどが立ってないとのこと。 …むー。 ホテルチェックインや夕食の時間の予定もあったので、ハイキングコースを歩くor復旧されるまで待つ…そのどちらの選択肢も却下し、翌日の予定と入れ替える作戦を決行。そして向かうは神戸市立須磨離宮公園に。 うん、この選択は正しかったです。 割合はまだ全体の半分ほどですが、見頃の紅葉も多かったし、ピークは過ぎたとはいえバラも咲いていたので、広い敷地内を歩いていて全然飽きませんでした。 マスコットを使って遊んでみたり。かなりイタイ二人ですがね^^; ただ、曇っていたので、鮮やかな色合いをカメラに収めるのに難儀しました。光の当たり具合によって、見映えがまったく変わってきますものね~。もう一度観に行ける機会があればいいんだけど。 なお、20~21日のプチ旅行の模様は、Simplogでも実況中継していたし、 Tumblr でもアップしていますので、くどいようですが、この関連記事は続きます。よほど楽しかったんですよ(笑)。

あの人と彼女と母

「ワシは、『あの人』なんて言い方はしないけどな」 という父の言葉を聞いて、初めて気付いたこと。わたしは、無意識に母を家族ではなく“個人”として見ていたんですね。やはり、心のどこかで彼女を許せていないからかも知れません(根に持つタイプだw)。 母との確執は、わたしにとっては未だ現在進行形ですが、赦す赦さないは別として、わたし自身も言葉に注意をはらわないといけないなぁと反省しました。 いちばん身近にいて、いちばん通じ合わない。――そういうニュアンスの歌があったっけ。 わたしの抵抗は“無気力”“逃避”でしかなかったけれど、それが正しかったかといえば間違いだったと思います。でも、宇宙人と対話しているかのようにまったく通じない人にぶつかるより、やり過ごすことの方が、心の疲弊は最小限に塞げたのです。 距離をあけるほうが、うまくいくことがあるんです。だから、いまの状況は結構つらい。。。^^; “自分の発言が人を傷つける”自覚があるのに、ちっとも改善しないあの人の態度に辟易した今日でした。 …あ、またあの人言っちゃった…

11/1 京都お参りと、雑感

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去る11月1日に、久しぶりに相方の京都お参りについていきました。いつもは早朝出かけるのですが、今回はゆっくりめの出発。 阪急京都線の特急はペアシート車輛が多いので、プチ旅行気分を味わえて好きです。…だいたい途中で寝ちゃうから景色も殆ど見てなかったりしますが、その日は何故かテンション高くってずっと起きてました。 阪急河原町駅を降りて、八坂神社へ向かいます。 ここは思い出深い場所です。といっても、相方と出会う前は殆ど訪れた記憶がありません。実は昔は、神社仏閣に対して抵抗感があり、初詣など何か特別な用事がある時にしか訪れていませんでした(嫌いではなかったんですが)。 相方と出会ってから改めて好きになったというか… スピリチュアルな観点からではなくて、その場所特有の雰囲気に酔う、そこに人の手が入っているのなら、それを創り上げた人に敬意を表するという感じです。ミーハー感覚です。 円山公園の池には、以前は鴨さんやアヒルさんが居たのですが… いまはその姿をとんと見なくなりました。寂しい限りです。 公園を抜けるこの階段付近の景色がとくに好きです。 大谷祖廟さん。 正直言うと、神社よりお寺さんの方が好きです。澱んでる気がしないからかしら? 神社って不謹慎な言い方をすれば、人間の欲が集まってる場所って思っちゃうからかも。 わたしは、神様って信じてないです。 因果応報って言葉は、信じています。 悪い行いも 善い行いも 必ず自分に返ってくる。でもそれが神様の仕業かどうかは…違うと思っています。 でも、、、ヒトの想いもそうだけど、魂も… ときどきふと、残るというか漂うことはあるんだろうなぁと。だから何の前触れもなく、初めて通った場所であっても自然と嬉しい気分になったり、悲しくないのに涙が出たりするんじゃないかなって。 …精神科通ったほうがいいですか?^^; 以前、元旦那と一緒に、そういう霊的な世界を追究しようとしてたことがあったのですが、その時は、うまくいかないことの原因をそういう世界に求めていただけなのだと気付きました。 そのきっかけをくれたのは相方でもあるんです(両親も一応ね)。感謝しています。一応ねw わたしが生かされているのは、まだまだ学ぶべきことがあるからなのかも知れません。

映画鑑賞『何者』

ネット上に言葉を綴っていないと立ってられないのは、わたしも同じで、だからこうして不定期でもブログ記事を書いているのですが、否定されるのは嫌だからなるべく大々的には公表していません(弱い)。 そして、わたしはどちらかというと主人公・二宮拓人くんに近いものがあって、とくにずっと一緒に演劇をやっていた銀次くんに向かってLINEで辛辣な言葉をどんどん投げかけている様は、観ていてだんだん息苦しくなり、最後にはたまらず目を伏せてしまう程でした。 やりきれない気持ちを、そうやってぶつけて、相手の方から去っていくように仕向けて、逃げ出したのは相手だと自分を肯定する(この場合の拓人くんはもっと複雑な心境だったかもですが)。 ただ、わたしはそこまで自分自身の理想と現実に打ちのめされて抗って、周囲を妬んだりするほど“一生懸命に”青春時代を生きておりません。わたしが学生時代はまだそこまで就職難ではなかったからなのか、意外とすんなり就職できてしまったからでしょう。 しかし物心ついたときからのわたしの心は、常に嫉妬心で支配されまくってました。 自分の中に可能性を見出そうとして模索しては、何にも無いと気付き諦め、少しでも何かを持っていて、そしてその何かで食べていくための選択肢がある、それを否定されることもない環境であるひとを、とても羨ましいと思いました。 そういう気持ちは素直に言葉に出さずとも、自然とトゲとなって相手を刺していくんですね。はじめは解らなくて、ただ自分は客観視して分析してるだけだと勘違いしていました。そういう分析しては語る性質は父親に似たのですが、父もどちらかというと自分の思い通りの人生を歩めていないため、自分では気づかない間に周囲を僻んで見ているのかもしれません。 この映画の中で、拓人くんが救われたのは、よい仲間に出会えたことですよね。拓人くんの性格はきっと、光太郎くんも瑞月ちゃんも気付いてて、でも傷つけないように見守っていたのだろうと感じました。サワ先輩はもっと優しくて、遠回しに諭してくれてましたね。 (そういえば、里香以外は誰も彼を責めてない) いやでも、友達が就職した会社の評判を調べるとか… これは引きますわ。わたしはそこまで澱んでない、と信じたいです。 自分は自分でしかない。何者になるかは、自分次第。他人なんか関係ないですよね。 久々に深く考えさせられた映画でした。