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旅ろぐ:信貴山観光ホテル その1

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“旅費をかけずに、普段とは違う空気を吸う”ことを目的に、一泊二日で旅行に行ってきました。場所は大阪からJRで30分ほどの距離にある、奈良の信貴山です。 まずは天王寺で降りて軽食をとり、カラオケに向かいます。…どうせなら観光しろよという話なんですが、この日、チェックインが16:00からで、そのあとすぐに温泉に入れないということだったので(団体さんが貸切られるため)、汗をかくのはできるだけ避けたかったのです。 JRは天王寺駅、近鉄は阿部野橋駅と名称が違うというウンチクを聞きながらw 快速電車に乗ってアッと言う間に王寺駅。いつもは“電車に乗る”ことも旅の醍醐味のうちでしたが、これはこれで新鮮でした。意外に街でしたね。と、失礼なことを言いながら。 そこから送迎バスに乗り、どんどん信貴山の山の中へ… 送迎バスの待ち合わせ場所を間違えていたオバサン方のために出発後一度引き返すという件もありましたが、無事に到着。間違えたのは自分たちなのですが、それをひたすら旅館側のせいにするかのような話を繰り返していたのが何とも言えませんでした。ひとことスミマセンで済む話なのに。 実は今回、それほど宿に対して期待していなかったので、この部屋の質感は良い意味で裏切られました。禁煙室だし、実はお風呂がついてたんですよ~♪ 食事の前に汗が流せたので超ご機嫌^^ 風呂場から見える景色もなかなかのものでした。 お料理は種類が多いと聞いていたので、お昼ご飯を少な目にして正解でした。ぜいたくなものはないのですが、どれも上品なお味で大満足。すぐに満腹になって、あさりと山菜の釜めしは食べきれず、おにぎりにしていただきました。 焼き魚(さわら)と、茶うどん(そばじゃないんですねぇ)が美味しかった! 写真を撮れずお見せできないのが残念ですが、大浴場もとても綺麗でした。泉質は、温泉水と水道水を足している感じで、それがかえってわたしの肌には刺激が少なく良かったんじゃないかなと思います。 ただ、露天風呂に関しましては、目の前が森と申しますか、山奥の温泉なので、夜は真っ暗で何も見えなかったため少しばかり怖かったです。無音、ですし。 まだ誰も露天風呂に入ってこなかったから、仕切り越しに彼と話をして、不安を和らげてました^^; 続きます。

映画鑑賞『帰ってきたヒトラー』その1

正直言いますと、とても後味が悪かったです。コメディーっぽく描かれていますが笑って済ませていいのかわからないし。いや、すべてを解ったうえで笑い流せて、その存在を受け流せるのならまだいいのかな。 映画自体はとても良く出来ていて、ヒトラーをあまり知らない(わたしみたいな)人間でも一発で彼のカリスマ性や狡猾さを垣間見ることができます。そして、彼が独裁者になったのは、ただ彼自身がそういう性質だったから、という単純な話ではないことも解ります。 …うん、単純な話じゃないと気付いた時に背筋が凍る思いをしたのです。 まぁでも、「選んだのは民衆」というヒトラーの言葉には、最初はとても陳腐で言い訳にもならないと感じました。その通りかも知れませんが、自分の暴走の顛末を連帯責任にすんのはあまりにも無責任すぎて呆れません? あなたのせいでどれくらいの人の命が散っていったというの… といいつつわたしもそんな言葉を口走ってしまったなぁという件があったことに気づきましたわ、最近の某東京都知事のお戯れ事で(汗)。 そうなんですよね、人間ってどこかしら“無責任”な部分を持っているものです。実際に悪い影響が自分に降りかかりさえしないのなら、多少は目を瞑りますよという。政治にかぎらずそういうことが原因で起こる不幸もけっこうありますしね。 彼を一番最初に“発掘”したサヴァツキという男は、目を瞑れなかったんでしょうね。取り返しの付かないことをしてしまったのではないかと。それに気づく伏線は他にもあったのですが、まさかヒトラー本人とは思ってないし、誰もそれに言及しないから、犬を撃ち殺したり高圧的な言動を目の当たりにしても、まぁなんとかやり過ごしていたというか。何より彼の存在があってこそ愛する女性との恋が進展できて仕事も手にできたのだからという感謝の気持ちもあったのかもしれません。 そして彼を止める手立てはいくつかあったのに、みな目先の(自分の)利益優先で物事を見るから、ギリギリのラインででもクリアしていって気が付くと彼の独壇場になっていく… 一度彼は多くの民衆を動かしている経験があるので、民衆の性質をつかめば、どのように振る舞えば人が動くかも手に取るように解っているため、はじめサヴァツキが提案したドキュメンタリー映像を撮るための行脚と芸人としての振る舞いが皮肉にも功を奏してしまいました。 そして、あのラスト手前のど...

映画鑑賞『ヒメアノ~ル』

まず、『世界から猫が消えたなら』の上映開始前の映画予告編にて、狂気じみた森田剛くんを観てみたいという興味本位から、軽く原作を1~2巻ほど覗き見し、たまたま運悪く?常人ではなく生まれ育った“森田正一”というキャラクターがどのように描かれるのだろうか知りたくなったのが、切っ掛けです。 いやぁ… 衝撃的でした。多少はボカすのかと思っていたので、殺人シーンがリアルすぎて引きました。森田君の何ともいえない表情と不自然な言動がさらに不気味さを加速させてましたね。 原作の方では、殺すことによって快楽を得る殺人鬼として描かれていましたが、映画ではその面ともう1つ“やられる前にやる”というサバイバル要素が垣間見えました。ただ、無計画にコトを為している反面、誰でもいいってワケでもないアンバランスさ、マジで恐怖ですよね。もう、彼と出会う人出会う人みんな無事でいてくれ、って祈りながら… だって、どこでどうターゲットにされるか解らないもの。 殆どが衝動的で緻密さに欠けるために、どんどん追い詰められていく様子は、胸が締め付けられる思いでした。歯止めが効かない状況で、最後はどのように食い止めるか。漫画だと、目的(ユカを殺して犯すこと)に達するどころか見失って頓挫して途方に暮れてしまったところで捕まるワケですが、映画だとちょっと強引でしたね。 私的には、あのラストでも違和感はなかったのですが、凄惨なイジメ経験など色々な要素が絡んでおかしくなったんだという経緯と、原作の“物心ついたときからフツーじゃなかった、どうしようもなかった”事実という、似ているようで全然違う解釈になってしまうので、評は割れるんじゃないかなぁと思います。 その点は少しだけ回想シーンで触れていて、クラスみんなの前で自慰行為を強いられていたことを“覚えていなかった”、そのきっかけを作った岡田に対して恨んでなかったので、やはりイジメはきっかけの一部でしかなかったのかもしれません。 少し、自分のことを書きます。 わたしは、親からも何度か、そして前のダンナからしょっちゅう「死ね」という言葉を聞かされておりました。 この言葉、単に「アホ」「バカ」ど同様の意味で言ったとしても、けっして言ってはいけません。なかには洗脳されて素直に死んでしまう人もいます。わたしの場合も、それに近い状態か、逆に「オマエが死ね」と強い殺意を抱いてしまったこともありま...

すき。

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自分に正直なのはとても良いことなのだけれど、何かにつけ「あれは嫌い」だのいう人をわたしはあまり好きじゃありません。 (苦手…はわたしもよく使います) キライなのはわかった。 だけれど、その中で1つだけでも良いところを探してみるほうが面白いじゃない? でもそういうわたしは、良いところを探すこと以上に、ソレに対して深入りしない―好きでも嫌いでもない―スタンスでいることのほうが多いから、偉そうに反論する立場ではないのですが。 前記事でオリエンタルラジオにハマっているという内容を書きましたが、上記の延長線上で、自分にはない“直向きさ”を持っている人にあこがれを抱いているんですね。あっちゃんのことを何様だとか鼻につくとかいう人もいて、まぁそれはわたしも感じるので否定はしませんが(をい)、まずキラキラしてるよね、視線がいっちゃうよね、なんか気になるよね、そこからしてもう違うんですよ。 (あの二人でキラキラしてるのは慎吾ちゃんのほうかもですが) わたしの中から欠落している“直向きさ”。その原因は何度も出てくる親との確執からにあります。あと、元々もってる面倒くさがりな面かなぁ。 何かにつけ嫌いと言い否定する性格の両親と暮らしていたので、とても窮屈で息苦しい人生でした。たとえばわたしがオリラジ好きとか言ったら「しょーもない」とか「何が面白い」とか言うだろうし、現に、この前も菅田将暉[スダマサキ]くんを好きと言ったら案の定 「何がええねん、しょーもない。ちょっとCMでワーワー言われてただけで」 と。 auのCMよりももっと前にドラマでも映画でも注目されてましたけどね? なんかこう… 世の中なめくさっているというか、話によればいろんなものを諦めて納得して生きてこなければならなかった経験からそうさせているのだろう、けど、そんなん自分の中だけに仕舞っててほしいですよね。 「あなたは好きなの、そう、でも自分はあまり好きじゃないけどね…」 ぐらいのニュアンスで語ってくれたら、好みの問題だよね~と話を済ませられるのに。 だからその時は思わず 「ほんとにもう… 何でも否定して。生まれてこのかた、この家族で居て楽しいと思ったことは一度もないわ!」 なぁんて吐き捨てちまったわい^^; 真実だけど言い方があるよね~ 自分も。似たもの親子w 子どもの頃は否定されて傷つくより先に、好きなものを正直に好きだと言...

密かに心の師匠と呼んでます

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ここ最近、『オリエンタルラジオ』にハマっています。 とくに“あっちゃん”こと中田敦彦さんが大好きで、【オリラジトークライブ】等の動画を何度も再生して視聴、ネットで関連記事を読み漁る日々が続き… ついには、『芸人前夜』も購入しました。 『オリエンタルラジオ』デビュー当時、ある番組(番組名は忘れてしまいました)で彼らのネタを見た『とんねるず』の木梨さんが 「すごいな」 と漏らしていた姿がとても印象的に記憶に残っていました。その後はわたし自身が暗黒期に入りほぼテレビを観られない状況が数年あったため、彼らの活躍を目の当たりにすることはなかったのですが、それだけではなく、彼らの芸が“お笑い”の枠からはみ出ている風に感じていたこと、また、お笑いは関西の方が面白いという固定観念も相俟って、意識的に避けていたのかもしれません(あくまでも個人的な感想)。 それがなぜ最近になってまた注目しだしたのかは、クイズ番組等で中田さんの知的さに惹かれたからです(頭のいい人が好きで。ロザン宇治原さんも大好き)。話し方、立ち振る舞い、声もイイです。それも、もともと多少なりともセンスはあったかもしれませんが、見えないところで勉強や努力をしている雰囲気が窺え、さらには取っつき難いのかなと思いきや、意外に“いじられキャラ”であることも魅力です。オリジナリティーには欠ける気がしますが、そこをカバーして余りある雄弁さとプレゼン能力に脱帽です。…それで7歳年下なんですよ、ほんとに尊敬します。 あと、自分もそうなんですけど“語ること”が好きな部分も愛着がわきます。相方である藤森慎吾くんを大好きな感じもね、萌え要素ですね^^ 彼らが爆発的に売れて、そして苦難な時を過ごしたであろう数年を知りません。だからいまわたしが語っていることは、ずっとずっと応援し続けてきたファンの皆さんからしたら、すっごい浅はかな感覚かも。でも純粋に、彼らがこれから先も第一線で活躍し続けることを応援したい。 …そういえば、本については触れてませんね(汗)。

映画鑑賞『世界から猫が消えたなら』

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仕事が終わって自分の時間があったので、久しぶりにTOHOシネマズに寄って佐藤健くんに会ってきました。 土曜日ということもあって、まぁまぁ混んでいたのですが、意外にも男性のお客さんが多かったことに驚きでした。 もしかしたら、キャスト以上に、原作者に影響力があるということなのかもしれません。なんとなく。 この本を手にした時、帯にある『映画化決定』の文字と、佐藤健くんの写真に惹かれた…のは紛れもない事実ですが、映画を期待する反面、あるちょっとした不安もよぎっていました。 解説のなかの一文にある原作者の言葉“あえて映像にならないものをこそ書いた”物語を、映画化するということに対する、漠然とした不安。うまく言い表せませんが、上映が開始して数分でその不安が的中したことで、“あえて映像にした”制作サイドの意図がよくわかりませんでした。 (単にビジネスかしら…) ファンタジー要素を入れるなら、何故、悪魔役はアロハ着てないのかとか、猫は終始みゃあみゃあ啼くだけにしたのはどうしてか… フーカフーカが少ないじゃんかとか。 いやもしかしたらファンタジー要素は極力なくして、人間愛に重点を絞った内容にしたのでしょうか。でもそれなら別に猫が消えようが消えまいが関係ないじゃないかと。 泣かせたいだけならば、川村さん原作でなくてもよいじゃないかと。 ただ、色々と削ぎ落とされたことで、 「何かを得るためには、何かを失わなくてはね」 という主人公の母親の言葉がとてもすんなりと頭に入り… 改めて、川村さんの世界観に脱帽した次第です。 この映画の中で注目すべきは、濱田岳さんの存在感です。 モノトーンのようにあまり色彩が感じられず、淡々と物語が進んでいく中で、唯一、能動的な存在というか。彼女よりも印象が強いです。そういう脚本と言うより濱田さんの演技力がそう思わせているのかもしれませんね。 この主人公のように、すべてを受け入れて最期の時を迎えることが出来るのは、とても幸せなことなのでしょう。現に、無念の死を遂げるひとも少なくないのですから。 去り際も、肝心ですね。。。なんか自然に色々と考えを巡らせてしまうお話です。 個人的に、映画を見た後に原作を読むといいかなぁと思います。なんとなく。

漫画鑑賞といいつつイケメン鑑賞(痛

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先週、貪るように漫画を読んでいました。 『コイバナ! 恋せよ花火』 『オオカミ少女と黒王子』 この2点です。 どちらも、超モテる男子に恋する女の子の純粋な気持ちがストレートに描かれております。詳しい内容は省きますが、キュン死エピソードがそこかしこに散りばめられていました。 『オオカミ少女―』は現在も継続中、『コイバナ―』は完結しているようです。 で、2つの作品に登場する超モテ男子ですが、タイプが対照的で。 (…全然似せることができなくて申し訳ないデス💦) 上段が『コイバナ―』の宇野誓[ウノ チカイ]くん。自分に正直でモテている現状を受け止めているが、一途で硬派。 下段が『オオカミ少女―』の佐田恭也[サタ キョウヤ]くん。本当は純粋なのに色んな事情が重なり軟派を装っている、モテようがモテまいがどうでもいい感じ。 どちらもとても魅力的で、高校生とは思えないカリスマ性があります。わたし的には(誰も訊いてないけどね)、好みは誓くんで、面白味があるのが恭也くんかなぁと。 それに比べるとヒロインが少しキャラ負けしているように感じますが、それは意図的なものかも知れませんね。 ただタイプは違いますが、彼らに共通点もございまして、それは意外と“かまってちゃん”なところと、犬好きなところです。こういう点も読者の心を鷲掴みにしちゃうのかも。犬に限らず動物を可愛がっている男性の姿って萌えポイントですよね~。わたしだけかしら?? …にしても、40歳過ぎたオバサンが何言っちゃってんでしょーね…いやそれでも『オオカミ少女―』の映画を観に行こうかとか企んでたりしてw