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8月, 2017の投稿を表示しています

幸せの定義とは?

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突然彼に訊ねられたわたしは、うまく答えられませんでした。 これまでは、好きな人とともに家庭を作って、子供も産んで… そういう人生にとても焦がれていました。わたしにとって幸せになるということは、やっぱりそういうこと。 いまも正直言えば、その感覚は変わりなく持っています。でも、それを言っても仕方ないと解っているから、敢えて明言することは避けました。…まぁ、ここで明らかにしちゃったら意味ないんですけどね。 しかし幸せって定義づけられるもんじゃないですよね。その時その瞬間は幸せでも、ある日を境に壊れてしまうかもしれないし… だからわたしは、欲張りになってみることにしました。 大好きなあなたが、笑っているとき。 仕事がうまく運んだ時。 ちょっとした気遣いが、感謝されたとき。 美味しいものを食べてるとき。 Man With A Missionのライブを観ているとき。 晴れた日。洗濯物がカラっとフワッと乾いたとき。 …などなど。 たくさん幸せを感じれば感じるほど、生きててよかったと感じれる。だけれどもやっぱりどこか寂しいと思っちゃうのは、それらを全部結びつけても、一番求めているところには辿り着けていないからでしょうね。 一緒に、這いあがっていけばいいんだよ。

映画鑑賞『君の膵臓をたべたい』

いつからか、わたしの中で「死にたい」という願望はなくなっていました。 大きなきっかけとなったのは、2011年3月11日。あと、それより少し前に、ある親族の死を知った時。そして、その後彼と一緒に生きることを強く願った時です。 いつ、何が起きるかわからない――という感覚と、いつ、終わっても構わないというものは似ているようで全く別物で、わたしは常々後者の考え方でした。 人生や時間を大切にしているか否か。わたしは無駄にしていた。朝が来て、夜が来て、また朝が来て… この繰り返しの流れに沿って、生きていただけでした。 前置きが長くなりましたが、今回この映画を観終わった瞬間に、やはり上記のことが頭を過りました。そして、胸を打たれたのはもちろん表題もですが、 「わたしたちはみな自分で選んでここに来たの。偶然じゃない。運命なんかでもない」 という桜良のセリフです。 後悔って、ある意味自分を守るための手段かもしれませんね。わたしには物語の中の少女のように、病気を受け入れて、限りある時間を精一杯生きる、まっすぐな心は持ち合わせていませんが、せめて今置かれている状況を何かのせいにすることだけはしないようにしたいな、と、改めて思いました。 原作も一度読んでみたいなと思っていますが、重くなりがちな”死”が絡んだ物語が、ドロドロしてなくて美しく、それでもこんなにも深く胸に突き刺さる素敵な作品に創り上げた制作サイド、俳優さんたちに、敬意を表したいです。 ※浜野美波ちゃんの声もとても印象的でしたし、北村匠海くんの表情の変化も見どころです。

dTV鑑賞:女優『安藤サクラ』と『かぞくのくに』

先々週、体調を崩して休んでいた折、少し楽になってきたところで、動画鑑賞をしていました。『ゆとりですがなにか』の安藤サクラさんの演技に魅了されて、『100円の恋』、そして『かぞくのくに』を鑑賞。いくつか賞を受賞しているだけあって、存在感が半端なかったです。わたしの中の好きな女優さんダントツ1位になりました(しょぼい人間のランキングなんで影響力ゼロですけど)。 彼女のすごさは役になりきるというより、もうその役そのものの人格・魂になってしまうところ、じゃないかなぁと。『100円の恋』では、ぶよぶよの体がボクシングでトレーニングを重ねるごとに引き締まっていって、オープニングとエンディングでは同一人物とは思えない変貌をとげています。 プロテストや試合での気迫に鳥肌が立ちました。…まぁ、試合相手も凄かったですけどね。強すぎて引きました。殺人マシーンかと思った。演技とはいえ、サクラちゃん、よく逃げずに戦えたなぁと称賛しました。 「勝ちたかった」と泣きじゃくる姿は、女の子でしたけどネ。 色気もあり、時折魅せる女性らしい仕草、見るからにふてぶてしい態度、男顔負けの精悍で凛々しい言動など、自然にそれが画面に映し出される彼女の存在感に、これからも目が離せません。 さて、『かぞくのくに』に関しましては。 重たいテーマなので、どう書こうか… 結構難しいです。1回観ただけでは理解しにくいところもあったので、2回観ました。 過去の話ではなく、現在進行形なんですよね。全体的に多くを語らない内容なのですが(役者のセリフもそれほど多くない)、“語らない”部分に色んな思いが詰まっているとそう感じました。 ソンホの両親や叔父、旧友たちも感情を抑え気味な中、唯一、サクラちゃんの役・リエはストレートに表します。そして、一度だけ、ソンホ本人も声を荒げるシーンが。 それでも、世間の日常に溶け込んで、この家族の叫びは… 周囲には届かないのでしょう。それはこのテーマのみならず、どんな状況にあっても同じなんですけども(家族の事情は周囲にはわからない)。 終始、ソンホ役の井浦新さんの表情が絶妙で、印象に残りました。

奈良観光ろぐ-ならさんぽラスト

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ここのところ、相方――彼の家に泊まることが増えていて、 前回の奈良観光ろぐ から日が開いてしまいました。興味はないとは思いますが、続きをどうぞ。 2日目の朝は、割とゆっくりめに出発し、ならまち周辺を歩きに行きました。といっても、先日のホテルへの送迎バスからその付近を眺めていて、失礼ながら、わたしたちにとってはそこまで魅力的な場所には映らなかったので、サラッと散歩する感覚で行きました。 結構な賑わいの「ひがしむき商店街」を抜けたところに、少し行列ができているお店があって気になったので、草餅を購入。 以前に、芸能人も訪れたことがあるらしく、写真が貼られていましたよ。 そのすぐ左手の商店街は、ひがしむき商店街に比べて観光客は少なかったのですが、まぁまぁお洒落なお店が並んでいたので、わたしが奈良に住んでいたら通うかもなぁ、なんて思いながら。 でも、建物が一番お洒落だったのは南都銀行だったよね^^; 商店街を抜けたら、古い建物が。 さるぼぼ?に似た赤くて丸いものが軒先にぶら下がっているのが印象的でした。 そのあと、世界遺産の「元興寺」はスルーして、「名勝 旧大乗院庭園」へ向かいました。本音は立ち寄りたかったですが、暑かったですしね…。 文化会館入り口(この左隣に公衆便所があったんですが、そこもなんかお洒落でしたよ。女子トイレに入ろうとしたら、男子トイレの中がちょっと、見えてしまうのが欠点でしたけど)。 どうやら、南都随一の名園と称えられたこの庭園が一般公開されたのは今年の7月1日からのようです。ちなみに、文化会館は無料で入れますし、庭園自体は大人100円という安さ。 ででん、と爽快な眺めです。夏場なのでカラー的に緑しかないですが、春先や秋口だと桜、紅葉が楽しめるでしょう。ちょうど真ん中の位置にある朱い橋は渡れませんでした。裏側に回ると、傷んでいる箇所もあり、危険だからかもしれませんね。この先、修繕予定のようですので、渡れるようになるかも? 庭を一周した後は、ソフトクリームを頬張りつつ遠目から興福寺五重塔を眺めて、奈良公園を横切りました。ただの散歩なので、鹿せんべいは買いませんでした。 それでも、物欲しげに彼のお尻を追う牡鹿。ソフトクリームの香りが残っていたのかしら? しばらくは公園内で鹿をカメラにおさめながら、あっさりめに旅行終了となりました。もちろん、柿の葉寿司も忘れずに。...

相変わらずな一族

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「ヘンコ」って言葉、ずっと偏屈とか変人とかいう意味合いで捉えていたんですけど、改めて調べてみると“頑固”という意味もあるんですね。なんだか、そんなに卑屈にならなくてもよかったんだなぁ…と、ちょっぴり恥ずかしいデス。 父に似てヘンコだとよく言われててそのたびに納得はしつつ傷ついていたので。 今日は法事でした。 はっきりいって気が進みませんでした。 法事自体はそんな面倒くさいとは感じないものの、親族の集まりがあまり好ましくないので、いつも内心ストレスでした。 若い時は、あぁだこうだと駄弁っている親族の傍らで、取り敢えず作り笑いして相槌をうったりしていましたが、社会に出て“別世界”を知るようになってからは、こういう表現は不適切だろうけども、親族の輪の中にいることが苦痛でしかたなかったのです。 親戚の悪口を大きい声で語り盛り上がったり、自慢話と不幸話の投げ合い、自己主張ばかりの会話。わたしが絡む場合は、最終的に必ず「親を大切にしろ」「こんなに愛されてるのに薄情者」という締め言葉が入り、苦笑するしかありません。 しかも母は公然と「娘はお母さんが大嫌いだから」と周囲に言いふらすので、「えぇ、希世ちゃん、そんなこと思ったらアカンやん」と、まるで小学校の学級会での吊るし上げみたくなる。 母が嫌いなんじゃなくて、そこでそのセリフを吐くあんたの意地悪い根性が嫌なんだよ! わたしの言い分なんて、こんな場ではまったく何の効力もない。つぅか、必要なのか、母娘のしがらみについて公表することは? 本気で、もう今後いっさい関わりたくないと思ってしまいました。 (それでも、法事の手配をしてくださったり、食事会の場を設けてくれたりした叔母や弟に感謝しています。率先してそういう面倒なことを引き受けてくれるお気持ちは、なかなか真似できることじゃないと思うから。) 今日、弟が予約してくれた店です。 豆腐と湯葉が美味しかったです^^ おなかがいっぱいになりすぎて、釜飯が食べられなかったのが悔いですなぁ。